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2016年03月23日08:53

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安岡正篤先生「頭が悪くてはだめか」



安岡正篤先生は「病弱とか、愚鈍であるとか、貧乏であるとか、多忙であるとかいうことは、逆に自分自身を鍛錬する非常な妙薬、否、妙薬以上のものである」と言われます。

安岡先生は、「青年の大成」(致知出版)で、次のように書いてあります。

さて、次に、頭が悪い、鈍物である、無能であるというのはどうだろう?
これも問題でありません。歴史を調べてみると、決して秀才・英才でなければ、学問・修業・成功できなかったなどということはありません。――というよりは、むしろあまり出来のよくない、あんまりどころじゃなく、はなはだ出来のよくなかった少年・青年にして、非常に大を成した人物も枚挙にいとまがない。

ナポレオン、世界で一番たくさん伝記の出ているのがナポレオンだそうです。今日でもフランスへ行っていってみると、ナポレオンの研究がまだ盛んです。全く驚くべき人物です。

あのナポレオンは元来、兄弟13人あった。そのうち5人は早逝して、8人残った。その8人の兄弟の中で、彼は一番出来が悪かった。到底ものに成るまいと乳母が評しておった。乳母の評ばかりでなく、学校の受持ち教師もナポレオンの頭の悪いのにてこずって、この子の頭のなかに何か腫物でもできておるのじゃないと言っていた。

先生といえば、近代誰でも挙げるのがペスタロッチです。このペスタロッチがまたどうも教師を悩ました鈍才で、ことに字が書けなかった。

ニュートンもおもしろい。およそ近代科学を論ずれば、まずニュートンを思い出すでしょうが、そのニュートンはいつもビリからやっと二番でした。あるとき彼は友だちから馬鹿にされて、喧嘩して、それから発奮したということです。ダーウィンも小学校時代鈍物で、妹にかなわず、教師は彼を愚か者と面罵しました。

幕府後期、大阪儒教界に中井竹山という偉人があります。この竹山は風貌人物共に非凡な英傑であります。

ところが、彼は少年時代どちらかというと鈍物と見られていました。また、西郷南洲(西郷隆盛のこと)だの、東郷元帥(東郷平八郎)だの、恐らく今日の学校の入学試験では、落第組ではありますまいか。人の評する秀才だの、鈍才だの、全く意に介するに足りません。一に発奮と努力如何であります。

鈍は時に大成のための好資質とさえ言うことができます。鈍はごまかせません。おっとりと時をかけて漸習(ぜんしゅう)します。たとえば書なんかでも、器用な書というものは、ちょっと見れば好いようでも、大抵は軽巧になります。厭(あ)きがきます、元来下手なのが一所懸命習いこんだというものは、なんとも重厚な好いものです。馬鹿の一つ覚えと笑うことでも、これを練りあげたらたいしたものなのです。

利巧な人間はとかく外に趨(はし)り、表に浮かみ、内を修めず、沈潜し難い。どうしても大を成しにくいものです。味がありません。自分は頭が悪い、才がないということは、貧乏や病弱とともに、少しも成人に憂うることではありません。

・・・・・・以上。

*ペスタロッチ:スイスの教育改革家。家庭教育・小学校教育を大切にし、民衆教育の師表と呼ばれた。


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