以下、小林正観「神さまに好かれる話」から引用しました。
◆ 一見理不尽な、不幸な現象が起きたときに、そのことについて、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言うか云わないかが問われています。
「まあ、そういうこともあるよね」と言いながらニコニコしていると、「合格」と言ってくれる方がいます。守護神さんです。別名「おかげさま」とも呼びます。
おかげさまから合格印をもらえると、その後、けっこう楽しい人生が始まります。
◆ 人格レベルが上がってきて、嫌いな人や現象というものはない、決めているのは全部自分だということに気がついて、いろいろなことに一喜一憂しない、そして、どんなことがあってもニコニコしている人を「実践者」と呼びますが、そういう実践ができるような人格者になると、人格者になったがゆえに問われる現象というのがあります。
「あなたの勉強は本物ですか?」
「これでもあなたはイライラしませんか?」
というふうに、「お試し」の現象が起きます。それが卒業試験だと思ってください。それを笑顔で乗り越えると、人格上の中学校卒業レベルです。
◆そして、それをクリアすると、何年か後に、今度はそれよりもっと大きな高校の卒業試験レベルの、一般的に「不幸」と呼ばれるような現象が起きます。しかしそれは人格が上がらなければ起きなかったことです。神さまから試されているのです。
◆人間の心には、九つのレベルが存在します。
�^貳姪�に多くの人が嬉しい、楽しいと思う現象について、「喜ぶ」ことができる
��一般的に多くの人が嬉しい、楽しいと思う現象について、「幸せ」を感じる
�0貳姪�に多くの人が嬉しい、楽しいと思う現象について、「感謝」ができる
ここまでは「初級」です。
�ぐ貳姪�に多くの人が当たり前と思うことについて「喜ぶ」ことができる
�グ貳姪�に多くの人が当たり前と思うことについて「幸せ」を感じる
�Π貳姪�に多くの人が当たり前と思うことについて「感謝」ができる
ここまでが「中級」。
�О貳姪�に多くの人が不幸と思うことについて「喜ぶ」ことができる
�┛貳姪�に多くの人が不幸と思うことについて「幸せ」を感じる
��一般的に多くの人が不幸と思うことについて「感謝」ができる
これが「上級」です。
このように、初級、中級、上級の各段階の中に、されにそれぞれの段階が存在します。そして、レベルが上がるときに、お試し現象(事件)が起きるようになっているようです。
◆宇宙の法則として、「投げかけたものが返ってくる(投げかけないものは返ってこない)」というものがあります。
これはつまり、物理学でいう「作用」「反作用」と同じことで、言葉を換えて言うなら、
「愛すれば愛される」 ・・・・・・「愛さなければ愛されない」
「感謝すれば感謝される」・・・・・・「感謝しなければ感謝されない」
「嫌えば嫌われる」 ・・・・・・「嫌わなければ嫌われない」
「憎めば憎まれる」 ・・・・・・「憎まなければ憎まれない」
ということです。
◆そして、自分に返ってくるものについて「宇宙は倍返し」という方程式があります。
投げかけてものがまだ返ってこない間に、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を一切言わなければ、2倍のものが返ってきます。宇宙は非常に律義な倍返しなのです。
◆もし人生の中で、普通であれば不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言ってしまうような出来事が起こったら、「来た!」と思ってください。ついに私も試験を受けるところまで人格の修練を積んできたのだと。
◆その試験に「合格」すると、自分にとって楽しい出来事が起き始めるようになっています。
きちんと給料を貰える、妻も舅も姑も子どももみんな優しい、睡眠も足りている、というときにニコニコしていられるのは、誰にでもできることで、これを人格者とは呼びません。
給料が払われない、配偶者がわからずや、子どもが言うことをきかない、自分の体調も悪い、睡眠も足りていない、というような、1000人中1000人がイライラしてしまうようなときに、ニコニコしていられるかどうかが、問われています。
「この状態でもニコニコできますか?」と宇宙が現象を降らせてくるのです。
何度かそのような試験を経て、大学卒業レベル試験に「合格」すると、もう来ません。
◆こういう構造がわかって、本当に損得勘定で動くようになった自分が出来上がると、外から見るとちょっとした人格者に見えるようになります。
損得勘定と人格者というのは、かけ離れた概念ではありません。怒ったり、愚痴、泣き言を言っていると血圧が上がり、胃液が濃くなって胃潰瘍になったり、どんどん体が壊れて死ぬ方向にいってしまいます。つまり、そういうことが損だとわかると、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わなくなります。
人格者になることを目指さなくとも、損得勘定を身につけた結果として、人格者になってしまう、という構造があるのです。
以下、小林正観「神さまに好かれる話」から引用しました。
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