私の命と母親の命
50年前、私が松下電器(現パナソニック)に勤務していた時のこと、ある事業部の田中部長がこのような話をしてくれました。
「瀬良さん、私は今でも母親の命で生きていると信じています」というのです。
聞いてみると、次のようなことです。
昔、田中さんが埼玉でセールスをしていた当時のこと、仕事に行くために車に乗ろうとするとしたが、助手席のドアーが閉まっている。そこで後部座席に乗った。
しばらくすると夏の日差しが強いので、それを避けるために、左側に乗っていた席から右側に移った。ちょうど運転手の真後ろに座ったわけです。
その瞬間・・・・・ !!!
運転手が居眠り運転で、前に止まっていたダンブにダァーン!! と突っ込んだのです。
そしてダンブに積んでいた鉄のパイプが、ズバーッとウィンドー・ガラスを破って、今まで座っていた座席のところまで突き刺さった。
間一髪で田中さんは九死に一生を得たのです。運転手は救急車で運ばれるやら大変でしたが、田中さんはかすり傷ひとつ負わなかったのです。
しかし・・・・・ ! その日、ちょうどその時刻に九州のお母さんが亡くなられたのです。
私の命と許婚の命
ワコールの元社長・塚本幸一氏にも同じ話が・・・・。
この話を聞いて2日後のこと、「松下政経塾語録」という本を見ていると、全く同じような話が書いてありました。ワコールの塚本社長(当時)の話です。
塚本社長が日支事変で中国に従軍していた当時、敵の機関銃がダ・ダ・ダッーと撃ってきた。ショックを感じた塚本社長は、「やられた!」とバッタリ倒れた。
しばらくして気がつき、「生きておったか」と思って起き上がったとき、自分の首にかけていた数珠(じゅず) ・・・・, 「命をかけてお守りします」と、許婚がくれたサンゴの数珠の糸が切れていました。
そして、その日に、日本にいる許婚が亡くなっておられたのです。
・・・・・・ ・・・・・・
この二つの話から、自分が生きているのは、決して自分一人だけで生きているのではない、ということを感じさせられます。
母親の命、許婚の命、家族の命、自分に接する多くの無数の人びと、また見えざる無数の力で生かされているということです。
そしてお互いが一つの命として、お互いに影響し、影響されあって生きている、ということではないかと思うのです。
こうした自覚が本当に強まってくる時、自他一体の心というか、本当の利他の心、人の苦しみを自分の苦しみとし、人の喜びを自分の喜びとする心、共存共栄を願う心が生まれてくるのではないかと思いました。
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