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2016年01月23日16:37

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下村文科相の人となり(2)



神渡良平「苦しみとの向き合い方」(PHP)より文科省大臣・下村 博文(61歳)について紹介しています。

発憤して都議から国会議員へ
昭和60年(1985)、下村さんは31歳で都議会議員選挙に打ってでたが、既存の組織を持たない学習塾経営者には簡単な戦いではなく、次々点で敗退した。4年後、再び挑戦し、今度は見事当選した。

都議になって2期目の3年目、願ってもない幸運が巡ってきた。平成8年(1996)10月、小選挙区制になって初めての衆議院選挙が行われることになった。下村さんは新たに設けられた板橋区だけの単独選挙区(東京11区)から出馬した。

「何が何でも当選するぞ。死んでも当選するぞ。選挙が終わった瞬間に倒れて、即入院となってもいい」という下村さんの気魄は選挙運動員に伝わり、支持者を巻き込み、ついに逆転勝利した。活動の場をついに国政の場に移すことができたのだ。

その時の様子を下村さんは『言志録』の1条を引いてこう話す。下村さんは安岡正篤の著書を通して『言志四録』のことを知っていた。そこへ友人が講談社版をプレゼントしてくれたので愛読していたのだ。

「幕末の青年たちが大いに触発された『言志録』5条にこういう一節があります。
『憤の一字は、これ進学の機関なり、舜(しゅん)何人ぞや、われ何人ぞやとは、まさに是れ憤なり』
解釈すれば、憤というのは発憤心のことです。佐藤一斉は発憤する心こそがその人を進歩向上せる原動力だといいます。孔子の高弟である顔淵は、『聖人といわれる舜だって人間だ。自分も同じ人間だ。やってできないことはない』といって刻苦勉励して、孔門随一の人物になったといいます。顔淵を突き動かしたのは発憤心です。

明治維新の三傑といわれる西郷隆盛は薩摩藩国主島津久光に疎んぜられて、南の孤島沖永良部島に島流しされ、失意のどん底にあったとき、獄中でこの条分に触れ、奮い立ったそうです。

佐藤一斉がいろいろな観点から“志”を吟味し、聖賢の志操を述べているので、私もとても参考になりました。それに短い文章で書かれているので、その時の気分で、どこからでも読めるので便利です」。

下村さんは佐藤一斉が言わんとしていることが、自分の若い頃の気持ちにとても合致していると感じていた。

文科相として取り組んでいる教育改革
それから13年後、平成21年(2009)8月、衆議院総選挙が行なわれた。自民党の要職にある国会議員のスキャンダルが続き、それが民主党への追い風となって、政権交代なるか!と騒がれた選挙が戦われた。下村さんにとって5回目の衆議院選挙だ。

「政権交代」の四文字しかなかった民主党は、票になりさえすればと、財源の見込みがつかない「子育て支援一世帯あたり2万6千円支給」などの政策を掲げ、優位な選挙戦を展開した。下村さんの選挙は大接戦となり。テレビ速報が出たのは深夜12時半、票差3400票で、どうにか勝利を収めた。このとき、東京都25選挙区の内、小選挙区で当選できた自民党議員はたった4人だった。それほど熾烈な戦いだった。

しかしながら民主党は見事政権をもぎ取ったものの、準備がなかったので、碌なことにならなかった。普天間基地移設問題で日米関係にヒビを入れてしまった鳩山由紀夫首相や、福島原発事故処理で取り返しのつかない失敗をした菅直人首相など、国家の舵取りとしては無能であることを露呈した首相が続き、国民は失望した。

平成24年(2012)12月、衆議院選挙で、自民党は3年4ヵ月ぶりに政権に復帰し、安倍普三内閣が誕生し、下村さんは文部科学大臣に指名された。その生い立ちが示すように、教育行政こそ自分の使命と思う下村さんにとっては、願ってもないポストだ。

よく「失われた20年」と言われるように、日本は長いこと閉塞感に悩んでいた。バブル崩壊以来、景気が低迷し、将来に希望が持てない陰鬱な空気が日本社会全体を覆った。本人が自信を喪失し、意欲を失ったから、若い世代も気力を失った。だから日本人に自信喪失と自虐思想を克服させ、本来の日本人に戻さなければいけないと考えている下村文科相は、次のような数字を示して、日本の現状を俯瞰させた。

「財団法人日本青少年研究所(現・財団法人日本児童教育振興財団)が平成24年(2012)4月に刊行した『高校生の生活意識と留学に関する調査』で、日本、米国、中国、韓国四カ国の高校生の意識調査が公表されました。その中で、『私はダメな人間だと思うか』という問いにイエスと答えた比率が、アメリカが53%、中国39%、韓国32%に対し、日本はなんと84%と極めて高い数値を示しています。

自己否定感が強いのは、(自分を価値のある人間だと思う感情)が弱いことである裏返しです。日本の高校生の自尊感情は他の三ヵ国よりもずっと低い水準に留まっています。これを何とかしなければなりません」。

新しい道徳教科書に盛り込んだもの
文科相として国の行く末を見つめる眼差しが鋭さを増した。
「これは景気の低迷以上に、歴史教育における自虐史観が大いに影響しています。戦後ずっと日本人として誇りや自信を失う教育が一貫して行なわれてきました。我が国の歴史教育は蔭の部分ばかり大きく強調し、光の部分は扱いませんでした。学校教育で日本は悪いことばかりしてきたと教えれば、素直な子どもたちはそれを信じて、自信を失います」。

下村文科相は大臣に就任してさっそく、民主党政権が個別配布を打ち切っていた道徳教科書『心のノート』を復活させた。さらに内容を全面改定し、偉人伝をたくさん取り入れて、『私たちの道徳』を発行し、全中小学校に配布した。偉人伝を入れたのは、素晴らしい生き方をしてきた偉人の足跡を子どもたちに提供することが、徳育になると考えたからだ。
(続く)


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