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2016年01月18日18:26

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葉室頼明氏「神道と水とのかかりあい」



山と鼻
日本の古神道は最初、山を拝んでいます。どうして山を拝んだのか。その頃はまだ建築の技術が充分でなかったからお社をつくれなかった。それで山を拝んでいました。それから建築ができるようになり、お社を建てられるようになり、山の下に神殿をつくった。原点は山なんです。

では山とは何かということです。単に山の上に神様が来たというだけではありません。結局下からの力、エネルギーがせりあがってきたのが山なのです。山には生命力を回復させる神の気が篭(こも)っているのです。それは人間の鼻と同じことなのです。鼻はどうやってできたかを知ったら、それがわかる。

鼻はどうやってできたかというと、人間の脳が大きくなって、中からその力で顔の骨が押し出されて鼻ができたんです。その証拠に、動物は人間より脳が小さいから、みんな鼻が低くて、口が出ている。顔面は斜めになっている。サルでも口が出ている。人間だけが垂直です。

なぜ垂直になったかというと、脳が進化したのです。進化したというのは脳が大きくなったということですね。人間の脳が大きくなって、重くなったものだからどうなったかというと、顔面のなか、口腔の骨が押されて、行き場所がなくなった。それが飛び出したのが鼻なんですね。こうして鼻ができたのです。

山もそうなんです。中のエネルギーが押上げたのが山なんです。自然のエネルギーが下から湧き上がってきた場所だ、と昔の人はそのことを知っていて、そこに神さまをお祀りしたのです。

鼻というのは臭いを嗅いだり、呼吸するだけの器官とは違いますよ。これは人間のシンボルなのです。それと同じことが山なのです。

鼻は、人間になりましたよという証拠なんです。きれいとか、汚いとかいうのではない。 鼻は神秘にできています。顔のど真ん中にできてきた、いわば鼻が鎮守の森。鎮守の森は、下から神さまのエネルギーが出て、盛り上がったところですね。ここに神様がいらっしゃるという場所ですよ。どちらも大切にしなければいけませんね。

昔の人はそういうエネルギーの出る場所、下から神の気が出ていて大切な場所だから、これを絶対に壊してはいけないということで、そこに神さまを祀ったわけです。これは神さまがおられる場所ですよといって、みんなに触らせなかった。それで自然の森が残ったんです。それが鎮守の森です。

いま神社の鎮守の森がなかったら、日本から森の半分が減ってしまいます。春日大社も30万坪の森を持っているでしょう。だから、神社がそういう自然の森を維持してきたわけですね。

禊と祓い
禊(みそぎ)と祓(はら)いなど、神道は水と深い関わりがあります。
昔から日本には「うがい手水に身を浄め」というように、水によって体を清めるという考えがあります。水によって罪・穢れを祓うという日本伝統の考え方です。
 
西洋人のお風呂というのは1人ずつ小さな浴槽で、泡を立ててお風呂に入っています。あれは単に垢を落とすという考えですが、日本人は体を洗うときは必ず外に出て洗います。元々日本人は入浴というのは、水で身体を浄めることだという考えを持っているのです。私は日本人の捉え方のほうがより根本的だと思います。

水の不可思議
水というとH2Oと習います。水は水素原子2つと酸素原子1つからなると学校では教わりますが、とんでもない間違いで、水というのはそんなに単純なものではないのです。

水というものは、そんな記号で表わし切れない、すごい性質や力を持っています。
例えば、水は常温では液体ですけど、それを地球上で100度まで熱すると気体になります。また零度以下に冷やすと固体になる。どこにこんな性質を持った物質がありますか。

これを皆さんごく当たり前のことに思うけれど、これは非常に不思議な性質なんですね。
液体になって、そして水蒸気になって上がっていく。また雨になって戻ってくる。で、これがまた水蒸気となって上がっていくという、循環するという不思議な力を持っている。

また、普段は穏やかですが、一度怒ると海の水は荒波となり、すべてのものを呑み込んでしまう。川の水は普段ゆるやかに流れていますが、これが洪水になると、全てのものを押し流すという、そういう力を秘めているわけで、どこにそんな力があるのか不思議なくらいです。

また、水というものは非常に素直であり、どんな器に入れてもどんな形にでもなる。どんな隅にも入っていく。どんな色にも染まる。それからどんなものでも中に包んでしまうという、包容力といいますか、懐の深さという性格をあわせ持っているわけです。

ところが、例えば泥水というと水が濁っているんだと思われるかもしれませんが、あれは決して水が変質したわけではありませんね。それが証拠に、濁った水をそのままにしておくとだんだん泥が沈殿して、透明な水が現れてくる。

そうすると水というものは、どんな形にもなる、どんな色にも染まる、どんなものでも受け入れる。だけど水そのものの本質は絶対に変わらないということがわかります。

水の性格と日本人の性格
これは実は、日本の神道、日本人の生活とまったく同じなんです。日本人というのは、外国からなんでもかんでも文化を受け入れる。それを真似する。外国人から日本人は節操がないとか何とかいわれる。

神道も、仏教だとか儒教だとか、なんでもかんでも取り入れる。それらを消化し神道のなかに取り入れて、神道を進化させようとする。

しかし神道というものは日本人の生活そのものなのです。神道それ自体の性格は絶対変えない。仏教のいろいろなものを取り入れながら、本質がまったく変わらなかったのが神道です。水というのもまったく同じ性質を持っているのです。

いつも話していますが、今から45億年前に太陽の周りを回るいくつかの惑星が誕生して、その中の一つとして地球が誕生したのですが、なぜ地球だけに水ができたのか、もちろん今でもわかりません。ただ、それから10億年たって、今から35億年前に水の中に生命が誕生して、生物が現れたわけです。だから水というのは、生命を誕生させるすごい力を含んでいるのですね。

人間の赤ちゃんは十月十日(とつきとおか)お母さんの体のなかにいるわけですが、この地上で生活する人間がなぜ十月十日、羊水という水の中で成長するのでしょうか。何のために水のなかで赤ちゃんは発育するのでしょうか。考えたら非常に不思議ですね。生物学的には35億年の生物の進化の過程を、十月十日で表わしているといわれています。

30億年間は、生物は最初みんな水の中で生活してきたわけです。5億年前にはじめて生物が陸に上がったわけで、その陸に上がったというのは、35億年の生命誕生から考えれば、ごく最近の話とも言えます。

健康な人の水は透明である
地球上の生物はすべて水を飲まなければ生きていけません。人間の体はだいたい60パーセントは水でできています。陸上に生活する生物は今から4億何千前に地球上に現れたというけれど、それは海の生活をそのまま引きずって上がったんですね。海で生活していたそのままで陸に上がって生活したから、みんな60パーセント以上水を持っている。だから人間の体も水のなかに漬かっているようなものです。

ですから水によって生かされているわけで、結局、きれいな水、栄養のある水を体のなかに入れないと、健康になれないのです。

実際、健康な人と病気の人の体の水を調べてみると、病気の人の水は濁っている。健康な人の水は非常に透明な水で、水そのものが健康に与える影響が大きいことがだんだんわかってきたのです。水というものは非常に不思議なもので、こうした水の力というものを日本人の祖先が知っていたということは、すごいと思います。

つみ ・ けがれを水で祓う
その水の力によって罪・穢を祓い去るのです。
「つみ」というのは人を殺したとか、そういう罪とは違います。人間の本当の素晴らしい本体を包んでしまうというようなものということです。

これは「つみ」= 「包(む)身」、身を包んで、神さまのお姿を包んで隠してしまうものということなのです。

「けがれ」というのも、汚いという意味ではありません。
神さまからいただいたエネルギー=「気」を枯らしてしまうものという意味が、「けがれ」=「気枯れ」です。

人間の素晴らしい神さまからいただいた身を包んでしまうもの、尊い神さまの気を枯らしてしまうようなものを身につけていると、病気になったり不幸になったりするのです。それを水の力で祓う。これが神道の儀式で「祓い」ということです。水はそれだけすごい力があるのです。

祓いといえば、僕は神職にも考え違いしているんじゃないかとよく言うんですが、お祭りの前に、神職が大麻(おおぬき)という細長い紙切れのついた棒を左右に振るでしょう。
あれはお祓いをしているのですが、その奉仕している神職は「みんなを祓っている」と思っているかもしれないけれど、違うんですね。

それはとんでもない話で、あれは「神が人を祓われている」のですね。神さまというのは、ものすごい力を発揮され、みんなにお恵みを与えようとしていらっしゃる。その時、お恵みを枯らすような体(穢れた体)であったならば、せっかくのお恵みが死んでしまいます。それで必ず神さまは皆さんにお恵みを与えるために、罪・穢を祓うんです。人間が払っているのではありません。


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