私たちは逆境にあるときとか、病気、事故、トラブル・・・等々この世的な不幸があった時、それに耐え、立派に乗り越える方は少なくありません。
しかし、出世して名誉、権力、財力を極めたとき、慢心や驕りの結果、転落するケースはよく聞きます。
また才人、自らの才に溺れたり、自分の得意なあまり行過ぎて不幸になることもよくあるようです。
このことは、どのようなときでも「謙虚さ」、「思いやり」、「利他」の心が必要だということを教えています。
鈴木秀子さんは「私たちは苦しみに耐える力だけではなく、幸せに耐える力も必要です」と言います。
秀吉と光秀はともに、信長の武将の中で出世頭でした。
明智光秀の知識と知略は信長の天下取りに欠かすことはできず、信長のもと早々と丹波一国を与えられ、近畿地方の織田大名の指揮権まで持つという重要なポストを与えられました。
しかし、才人、才におぼれるという譬えのとおり、才によって最高の出世を成し遂げましたが、才によって自らを滅ぼしてしまいました。
才があるという慢心、過信が謙虚さを失い、「自分は正しい」という心が常に前提となるから、主君に対しても説教口調となり、信長の怒りを買うことになったのです。
「自分は正しい」から、分かってくれない相手を怨む・・・・、これが本能寺の変となり、結局、破滅することになりました。
一方の秀吉も天下を取るまでは私心や自分の才を誇ることもなく、天下のため全身全霊でひたすら頑張りました。
そして天下統一を成し遂げ、大阪城を築き関白・太政大臣に任ぜられ、人臣としての栄誉の極みを得ました。
しかし、秀吉もその成功を乗り越えることができなかったのです。
自らの力への過信と傲慢さが、無謀な朝鮮出兵となって失敗、また、淀君、秀頼可愛さという老人エゴで、あれほどの秀吉も晩年を汚すことになりました。
得意の絶頂にあるとき、成功の極みにあるとき、自己の才をますます発揮しているとき、美貌ゆえ俳優として人気の頂点にあるとき、・・・・・、このような場合こそ、鈴木秀子さんの「幸せに耐える力」を身につける必要があると思います。
私自身としては、いかなる場合でも、身魂磨きの機会としてとらえていきたいと思います。
★慢心ほど危険なものはない
★地獄は有頂天より始まる
ログインしてコメントを確認・投稿する