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2016年01月12日12:30

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教育再建こそが戦後克服の王道である 東京大学名誉教授・小堀桂一郎

 下記は、2016.1.12 付の産経新聞の【正論】です。

                       記

 新年の年頭に当つての感想を問はれた場合、言論人諸氏の多くは本年邦家にとつての最大にして緊要の課題は何か、といふ様な問ひを思ふであらう。筆者の場合も同じ事であるが、只そこで「唯一最大」とまで規定できる様な緊急課題の選定には本年は輿論の一致がないであらうとの思ひが強い。

 安倍長期政権で憲法改正を

 その様な観測を抱くのは、一つには国家主権の回復以来数十年に亙つて確かに国民の悲願であり続けた自主憲法制定の要求が、その実現に向けての研究が精密化し、議論も十分に煮詰つて来た昨年の戦後70年の記念年に至つて、却つてそれが如何に難事業であるかといふ現実が誰の眼にも映る様になつて来たからである。それが大変な難事業であると解つて来た、その事自体が又新たにあの占領軍による急造とその採択強制が我が国にとつて如何に禍深き呪詛であつたかを痛感させられるのだが、これも亦今更嗟嘆を繰り返しても詮のない話である。敗戦といふ国家的挫折が国民に負はせた苛酷な運命であると認識するより他ない。

 そこで少し発想を変へてみる。憲法の制定が本年の内に困難であるとすれば、ともかくもこの大事を托せる政治家は現に安倍晋三総理以外に見当らないのであるから、安倍氏の自民党総裁としての任期を大幅に延長し憲法制定が実現を見る迄の長期政権を委任する事である。この事ならば総裁の任期についての党規を改正すればよいわけである。それは憲法の改正よりは遙かに容易な事で、唯国政上の必要からといふ大義を党員の大半が承認すればすむ事である。

 この様にして得た余裕で、では何を本年の喫緊の課題とするか。ここでも人により諸説が生じるであらうが、筆者の意見は教育の再建である。近年筆者の身近の環境である学界教育界を含めて、我が国の社会の幾つかの分野に於ける為された事業に対する信頼の崩壊といふ現象が著しく眼につく。

 高度信頼社会の崩壊防げ

 建設事業に於いての手抜き工事とそこに生じる危険の狡猾な隠蔽、大企業の経理の不正、限られた或る地方での事だが鉄道の保安体制の放慢、司法界での法の道理の無視、そして学界に於いては研究成果の学問的正確への信頼が保証できなかつた等々、曽ての我が国に実現してゐた、人と人との間の信義が第一といふ道徳原則に遂に罅が入り始めたのではないか、との危惧を覚える昨今である。

 個々の症例についての原因の分析に言及してゐる余裕は無いし、又現に確乎不動の信頼を保持してゐる事業も多々あることを知つてはゐるが、その具体例を挙げる紙幅もない。只、本来我が国が世界に誇るべき文明の精華として有してゐた高度信頼社会が崩壊の萌しを見せてゐることは確かであり、そしてその原因は一に懸かつて戦後教育の完全な失敗にある。

 この失敗は然し「全面的」なといふわけではない。もし教育が全面的に崩潰したと見るならば、戦後日本のこのあらゆる領域に亙つての繁栄、殆どの都市が廃墟と化してしまつたあの荒野からの逞しい再生ぶり、殊に輓近のノーベル賞学術部門での受賞者の続出といふ学問的充実の成果が説明できなくなる。この多くの成功にも拘(かかわ)らず、我々は邦家の将来に最早希望が持てないといふ衰頽現象を到る処に発見して暗然となる。

 この明暗二つの面の併在は、たぶん占領期以前の教育の残響と、戦後の現状破壊教育の凶悖との共存乃至競合が続いてゐたといふ状況から来るものである。教育の効果は制度的に見れば善くも悪しくも何十年といふ長い尺度で測らなければ現象として捉へる事はできないものだからである。

 であるからこそ戦後教育なるものの「原理的」失敗を正すには、今後何十年を必要とするかわからない。今直ぐにも取掛らなくては手遅れの症状が悪化するばかりだ。事は急を要する。「戦後体制からの脱却」といふ目下の国民的課題への第一の着手は教育の再建といふ事業でなければならない。

 国語重視と基礎学の充実を

 その具体例を二つだけ挙げておく。初等中等教育に於いては国語教育の重視である。大正昭和期の国語教科書の調査は現に容易な作業であるが、それを実施してみれば、当時は国語読本の入念な編集を通じて、国語教育が歴史・道徳・公民の教科を兼ねる様に工夫されてゐた実体がよく判るはずである。同時に、動機付けの薄弱な、小学校児童に向けての英語教育などといふ目論見がどんなに愚かしい発想であるかも判るであらう。

 第二は大学教育に於ける基礎学の充実である。この目的を達するために、基礎学を志す若手研究者達を大切に育てる事、殊に教育研究職が将来性の点で魅力ある職種である事に制度的な保証を与へる施策が眼目となる。迂遠な基礎工事である事は已むを得ないが、50年も経てばその効果は必ず現れ、日本の国民的繁栄の動力源としての面目を発揮するであらう。

 (東京大名誉教授・小堀桂一郎 こぼり けいいちろう)

 http://www.sankei.com/column/news/160112/clm1601120001-n1.html
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