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2015年12月30日22:07

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前夜 から  パパの叙事詩  

#1 Taku & SMILEY(17:00〜)

セトリ

1、洋楽 不明  スマイリーVo
2,once
3,思い出のグリーングラス
4、前夜
5、アー・ユー・アン・エンジェル?  かな

アーティスト:
スマイリー&ノルカ・ソルカ
原題:
NOLKA SOLKA  より

http://artist.cdjournal.com/d/nolka-solka/1297110034
6、嵐からの隠れ場所

7、マイム・マイム


僕は物心ついた時から親父が大嫌いだった。やたら厳しく顔を見れば「勉強しろ、勉強しろ、勉強しろ」「NHKのニュース以外のTVは見るな」
煙草も吸わずお酒も呑まない親父はまっすぐ家に帰ってくることが多かった。だからといって子供と遊ぶことはなくていつも本や新聞を真面目に隅から隅まで読んでいた。
 
自分はそんな親父が 大嫌いで部屋に籠り勉強しているフリだけして、ラジオの世界にかじついていた。
ラジオのパーソナリティがそんな子供たちに、とても温かく 時には父親のように 時には女神のように接してくれた。
自分は男の子としての 悩みや相談は SBSラジオのパーソナリティにハガキや電話で 問いかけるようになった。
メールやFAXも無い時代だ。時には街での公開放送まで出向き 楽屋口や放送局のロビーで会話もしてくれるパーソナリティも現れた。

そーして 僕の気持ちは親父の心から離れたまま 東京へ状況 専門学校入学・中退・就職・結婚・二人の子供も誕生した。

二人の子供の世話をしながら 少しずつではあるが あの頃の親父の気持ちが少しずつ解ってきた。
子育てが落ち着いたら 「親父 おれたちを育ててくれてありがとう。反抗ばかりしていたけど感謝しているよ」
と お茶でも飲みながら話そうなんて おぼろげながら心の中で描いていた

あるお正月のこと 当時幼稚園生だった娘だけを連れて 帰省した際
親父が私の娘ををみて ひとこと「この娘だれ」と尋ねてきた。
 
数年前から前兆が出ていた アルツハイマー型認知症がかなり進行してきた頃だった。
私の娘は この一言がかなりショックらしく 「もうおじいちゃんの家には遊びにいかない」と泣き始めてしまった。

もうそこからは 坂を転がるように認知症が進んでいき 要介護の認定まで受けるようになってしまった。

2010年7月 親父は介護先の病院でなくなった。昭和5年生まれ80年の人生だった。

俺はもっと 親父と話しがしたかった。
どんな少年時代を過ごして どんな青春時代を生きたのか。
子育てという共通の話題がやっと出来たのに 何の恩返しも お礼の一言も言えないまま 親父は先に逝ってしまった。




これは 小山卓治おやまたくじ  という熊本出身のミュージシャンの前夜という歌の 走り出しです。

この曲を聞くといつも 親父の事を思いだします。

旅立つ日の想いは
やがては見送る日の想いへと続く
継がれていく命の重みを思うのです。


http://www.ribb-on.com/takuji/songs/disc/flower/flower.song/zenya.word.html


https://www.youtube.com/watch?v=FsNxYVk3a9g
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