私のおかしなハンガリー人さんへ
ひさしぶりにあなたに手紙を書いています。ほんとうにひさしぶり。1947年か48年が最後だったはずだから、17、8年ぶりになるのね。まったくなんてことかしら!
なぜひさしぶりにあなたに手紙を書いているかというと、どうしてもあなたに報告したいことができたから。それは、私の最新作に関することなの。
大傑作ってわけじゃないわ。たぶん、ふつうに当たりを取るでしょうけれど、数年後には忘れ去られるような、そんな映画。
そう、映画そのものについてじゃないの。話したかったのは、その映画での私の役名についてなの。
ゲルダ・ミレットというの。そうよ、「あなたの」ゲルダから採ったの。
どうして私が彼女の名前を知っているかって?今だから教えるけれど、あなたはよく寝言で彼女を呼んでいたわ。やさしい口調や厳しい口調、哀願しているときもあったわ。
でも、いちばんよく聞いたのは、あなたが彼女の名前を大声で叫んでいる声よ。泣きながらね。
だから私は、あなたのヨーロッパ時代からの古い友人たちにその名前について聞いたの。そして、私は知ったわ。
彼女はあなたのキャリアの初期のパートナーで、優秀なカメラマンだったこと。ある時期は私的にもパートナーだったこと。あなたが唯一本心から結婚したいと願ったひとだったということ。スペイン内戦で戦車に轢かれて死んだことも。
最初は頭に来たわ。私との結婚についてはのらりくらりとかわすくせに、って。
そうしてあの後しばらくして私たちは別々の道を歩くことに決めたんだったわね。
今年、この『黄色いロールス・ロイス』という映画のオファーが来たとき、私の役名はまだ決まっていなかった。エージェントは、「イングリッド、あなたご自身で名付けてもアンソニー(監督よ)は一向にかまわないそうですよ」と私に伝えてきたわ。
その話を聞いた後で車に乗っていると、ラジオから聞こえてきたの。あなたについてのニュースが。
「・・・今日5月24日は、世界的な報道写真家だったロバート・キャパ氏が、インドシナで取材中に死亡してからちょうど10年に当たり云々・・・」
それを聞いて、私はいっぺんにあなたとの日々を思い出したの。そうして突然思いついたの。そう、ゲルダよ。名前はゲルダにするわ、って。
あなたは怒るかしら。それとも大笑いするかしらね。ああ、私もあなたの大笑いする顔がとても好きだったのよ、ボブ。みんなと同じように。でも、そうじゃないときの、あなたもなかなかよかったわよ。
安心してね、この手紙は、書いたら焼き捨てます。あなたとゲルダの名誉のために。それと多少は、私自身のためにも。
それじゃあ、また。
愛をこめて。
あなたのイングリッド
DATA:Leica M6 Summicron 50/2 Kodak Tri-X 400 f11 1/1000
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