mixiユーザー(id:7303697)

2015年11月26日19:42

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正確な論理と表現とは

どちらの気持ちも言い分もわかるのでなんとも言えないが、触るのは「もってのほか」「非常識」とする見解には同意できない。

「私は嫌」「触ってほしくない」まではわかる(そういう感覚も決して異常ではないと思う)が、現時点での日本の常識的感覚として、「嫌な人もいるし相当の理由もあるから触るべきでない」までは許容できるが、(何が絶対的科学的に正しいかは別として)現状で、手を触れないことが「常識」であるとは思えない(だから、触ることが「非常識」であるとは思えない)。
これは私の価値判断の話ではなくて、現状認識の問題だ。「常識」とは、個々人の価値判断の問題ではなく、社会の共通理解(最大公約数的解釈)の問題であるはずだ。そういう意味の言葉であるはずだ。

自分の感性や価値観と異なる、受け容れ難いと感ずる他者のそれを、「絶対嫌だ」と言うだけでは気が済まずに、「非常識」「どうかしている」「おかしい」としてしまう意見(もしくはそういう表現)を散見する。
そういう人たちにすると、「非常識である」と「とても嫌いだ」が、おそらくほとんど同じ意味(単なる強調的修辞)なのだろうけれど、私はこれらは厳然と別の物だと、そしてそれらは当然区別して表現されるべきことだと思うのだ。

私は「サッカーよりラグビーや野球のほうが断然好き」だし、「ずっと面白いと思う」けれど、「サッカーが好きなやつはおかしい」とか「サッカーが面白いなんて非常識」とは思わない。「僕はあまり好きではない」だけだ。
こういう混同、もしくは不正確な論理とか表現が、とても気になる私は「細かい」とか「面倒くさい」と言われる。ああ、それで結構だけど。



ところで、

> 男性は触らないまま離れましたが、別の場所で聞こえよがしに「冗談のわからないお母さんが増えたよなあ」と言っていました。

とあるが、
『「かわいいね」と言いながら娘の頭を触ろうと』することの、どこが「冗談」なのだろう?
この男性のこの表現も、上記と類似の、論理もしくは表現の混同または不正確さから来ているのだろうか??
それともこの男性にとっては、「子供の頭を撫でる」ことは、何等かの意味で本当に「冗談」なのか? どこが面白いのだろうか。それとも「冗談」という言葉に、何か彼特有の、少なくとも私の解釈とは異なる特殊な意味を持たせているのだろうか?

「本当のこと」や「真意」を知るためにも、誤解を極小化するためにも、言葉は正しく使いたいし使ってほしいのだ。
「号泣」なんて、「声を出したか、それとも出さなかったのか」、明らかに大きく異なる事実にかかわる表現だし。



「かわいい」と見ず知らずの赤ちゃんを触ることの是非で論争勃発
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=125&from=diary&id=3730693
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