下記は、2015.11.17 付のJBpress に寄稿した、 オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー 和田 大樹 氏の記事です。
和田 大樹
Daiju Wada オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー 1982年生まれ。専門は国際政治学、国際安全保障論、国際テロリズム、危機管理。清和大学と岐阜女子大学でそれぞれ講師や研究員を務める一方、東京財団やオオコシセキュリティコンサルタンツで研究、アドバイス業務に従事。2014年5月に主任研究員を務める日本安全保障・危機管理学会から奨励賞を受賞。“The Counter Terrorist Magazine”(SSI, 米フロリダ)や “Counter Terrorist Trends and Analysis”(ICPVTR,シンガポール)などの国際学術ジャーナルをはじめ、学会誌や専門誌などに論文を多数発表、また行政機関へのアドバイス、大手アドバイス・新聞などで解説も行う。
記
今や、「IS」(イスラム国)の名を聞いたことがない日本人はもうほとんどいないのではないか。2014年6月に一方的な建国宣言を行い、2015年1月には日本人男性2名を殺害したことで、日本でも一気に広く知られるようになった。
今年はISやテロに関する書籍も多く出版された。しかし、長年国際テロ問題を学術的な観点から研究した筆者から見ると、昨今の国内でのIS報道には、疑問を感じざるをえない。
それは、「広大な領域を支配する」「アルカイダを凌いでいる」「多くの外国人戦闘員が参加している」など、ISの“脅威”ばかりを強調しすぎているのではないかと思われる点だ。
日本の専門家の見解やメディアの報道は決して間違ってはいない。しかし今日の世界の先端のテロ研究においては、「長期的にはISよりアルカイダが勝る」「シリアに流入する外国人全てが戦闘員ではない」ということを前提として議論されている。それに対して、日本では、ISの実態を冷静かつ本質的に論じる分析がまだまだ少ない。
シリア、イラクへ渡る者は全員が戦闘員なのか?
そもそもISは今の状態を長く持続できるのだろうか。
ISには世界の約100カ国から約3万人の外国人が参加しているとされる。だが、文化や言葉が異なる者たちが、現地住民とも協力しながらうまくやっていけるのか。また、その3万人からなる組織を幹部が問題なくコントロールできるのかなど、大いに疑問である。
日本ではよく「シリアやイラクへ渡る“外国人戦闘員”」という言葉がテレビや新聞で使用される。だが、その言葉自体が適切ではない。
英国のテロ研究機関「ICSR」が2013年12月に発表した報告書 "Up to 11,000 foreign fighters in Syria; steep rise among Western Europeans" などにも書かれているが、シリアやイラクへ渡る全員が戦闘員となっているわけではない。また、全員がISに参加しているわけでもない。
シリアやイラクへ流入する者の中には、(1)過激主義に目覚めて戦闘に参加する目的でやってきた者、(2)過激主義に染まっているわけではなく、興味本位や冒険心でやってきた者、(3)IS戦闘員の高い報酬に魅了されてやってきた者、(4)アサド政権打倒を目的にやってきた者、(5)救済やボランティア目的でやってきた者、などバックグラウンドはさまざまだ。
シリアやイラクへ流入する者の背景やモチベーションも、それぞれ異なる。
ISからの離反者についての研究
また、日本ではあまり伝えられていない動きがある。それは、いちどISに参加したにもかかわらず離反する者が増えているということだ。
最先端のテロ研究の世界では、ISから離脱した者の研究分析が行われている。例えばICSRは2015年10月15日、" Victims, Perpetrators, Assets: The Narratives of Islamic State Defectors" と題する論文を公表した。
ICSRは2014年1月から調査を開始し、ISからの離反者58人について分析を行った。国籍別ではシリアとサウジが多く、他にインドネシア、オーストラリア、インド、トルコ、ヨルダン、エジプト、チュニジア、リビア、タジキスタン、イギリス、フランス、スイス、ドイツ、ベルギーで、女性も7人も含まれる。
58人がISを離反した主な理由は、
(1)ISがアサド政権よりシーア派ムスリムと戦うことを優先するから
(2)IS内部でスンニ派ムスリムを残虐な形で殺害するから
(3)ISの内部は腐敗が進んでおり、全くイスラム教的ではないから
(4)ISでの生活は残酷で失望したから
などとなっている。
このような離反者の声に耳を傾けると、ISの内部での不和や抵抗、権力闘争などがあり、それにより同じスンニ派ムスリムの殺害が生じ、またそれらを封じ込める意味でも抑圧的な体制を維持しておかなければならないというIS内部の現状を推測することができる。
一方、離反したくても恐怖からできない者も大勢いることだろう。ISに加わっても、それまで想像していたものと現実との乖離からモチベーションを失ったり、戦闘経験のない者などは自爆テロ要員に回されることもあり、構成員は非常に過酷な状況に置かれているとみられる。
この論文によると、仮にISから逃げることができたとしても、ISの支配地域に家族や仲間が残っていると、その生命が脅かされる場合があるという。そのため、不用意に離反することはできないのだ。
実態を知れば参加者は減る
ICSRは、こうした離反者の実態を分析することでISの内部の実態を探ることができ、その実態を世の中に知らせることで、ISへの参加者を減らすことができるとしている。
このようにISの実態を冷静に見ていくことで、その弱体化を進める術が明らかになってくる。ISを脅威としてだけ見るのではなく、多角的な観点から分析する柔軟性と冷静さが日本のメディアや国民にも必要とされている。
【訂正】本文の一部を修正しました。(2015年11月17日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45264
ログインしてコメントを確認・投稿する