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2015年11月03日15:36

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…調べ(しらべ)、楽の音(がくのね)、音楽(おんがく)。

列島文化はある意味、文化の吹き溜まりになっている。

まずは時間的に…
今のところほぼ理解されていると考えられている最古の楽譜は『デルポイの楽譜(古代ギリシャ紀元前1世紀ぐらい)』の物だけど、理解しきれていな楽譜と思しき物には、古代メソポタミアの楔形文字史料群に存在する。
ギリシャ文明での史文には紀元前5世紀ぐらい楽器の言及が見られるという。
音楽理論に関しては紀元前7世紀には存在していたようだ。
古代ギリシャ文明から遡ること1000〜2000年、古代メソポタミアのレリーフ等には多くの楽器が描かれている。
文字の変遷をたどると、象形文字類から楔形文字へ変化、経年の末アラム文字とギリシャ文字がオリエント世界で使用されるようになるので、楽器音楽に関してはメソポタミア記述が最古と考えられる。
(宗教行事と都市型法律思想もメソポタミア起源と考えられている。)

メソポタミアのレリーフには多くの楽器(吹奏楽器等)が描かれている、注目すべきは《弦楽器》でリラやハープの部類が紀元前1300年には、存在していたこと。
リラは実際にレリーフの絵と同じ形態の装飾遺物が発掘され、復元もなされている。
大凡、絃はガット製と考えれているが、安全ピンや針金の原型も存在した事から、金属製の物も考えられる。
また、現トルコ中部アラジャヒュユックという場所では、紀元前1300年紀の壁画にペグとフレットを持つ楽器が描かれているいう。
故に、弦楽器の発祥起源は古代メソポタミアと考えて差し支えないと思われる。


古楽器研究者の映像から



実は、メソポタミア文明と覇権を争ったエジプトに、使用方法がいまいち解らない楽器がある。
《シストル》という楽器(壁画で楽隊と描かれている事からの解釈)で…。

やはり研究者の映像から



さて、ここからが本題。
アレキサンダーの東方遠征、古からの交易通商ルートを進んだ可能性が示唆されている。
つまり、メソポタミア文明時代から…シルクロード以前から、現在の中国方面向かう交易ルートが存在したらしい。
この辺の具体的なルートが難しいのだけど、アラム語・アラム文字文化の中心が現在のアゼルバイジャンからアルメニア(国名の由来はアラム人)に存在したようで、『アラムの民はシナイの民の3倍の商才を持つ』 と、云われいたらしい。
なので、シルクロードよりカフサスを抜けての北ルート(巨石・列石群ルート、馬の道ルート)が、今思われているより発達していた可能性もある。
ちなみに、この北ルートの一端はヨーロッパに直接つながっている。

ユーラシアにおける文明・文化の覇権争いを手繰るには、考古学的資料が少な過ぎるので妄想的になってしまう。
(最近、衛星からの探査で地上絵も発見されたとのこと)
なので、とりあえず、現在考えていられるより活発な交易が展開していたとするにとどまり、《シストル》が、列島に辿り着いたと考える…と…。

一応、一番古い社の一つと云われているので…。



《五十鈴(いすず)》。
鈴が馬文化と深く繋がり持つアイテムだという事は、考古資料の馬具としての《三環鈴(さんかんれい)》の存在が証明しているので、《シストル》が異文化交流を経て《五十鈴》に変化していてもおかしくは無い。
逆に考えると、《シストル》が古代エジプトの神事や、権力者の前で舞われた歌舞に使用された可能性もあると…。
ちなみに、神社の持つ祖霊信仰要素と氏神思想要素は春日大社が起源で、自然信仰・勝戦祈願の要素が厳島神社(宇佐)系列や出雲大社系列と考える方が納得しやすいと思う。
この辺は後日改めて…。

ここで、邦楽・雅楽をちょっと考えてみる。
《琵琶・胡弓》類は正倉院の宝物を考えれば舶来の弦楽器。
《篳篥・笙》類は十二調子と同時期に大陸からと考えると納得しやすい。
《琴》も古墳発掘資料から半島から入って来たと考えると、やはり納得しやすい。
《銅鐘》類は楽器というより三分損益法による度量基準とも考えられるのでノータッチ。
問題にしたいのは、《笛・鼓・馬頭琴系弦楽器》

縄文文化についての遺物に《オカリナ》の原型がある。
《笛》の多くは、やはり渡来物と考えるほうが納得いく。
ちなみに、音階は少ないこの土笛、南米先住民音楽の中に伝わったのでは?または、共通文化?…と、示唆できる楽器が、現在のボリビアのチパワ族ある。…太平洋を渡る話も後日改めて…。

《馬頭琴》と《鼓》に関して考えていくと、問題になるのが北ルート。
シルクロード経由の楽器類は紀元後2〜7世紀に渡来したと仮定すると、シルクロード以前の交易ルートの文化交流繁栄が確実になるのではないのか?
《琵琶》が《馬頭琴》をルーツに持つことは知られているけど、アイヌ民の《トンコリ》のルーツが判らない。
演奏形態等を見ると、リラ・ハープ類ともペグ・フレット付き弦楽器ともとれる。
不思議な楽器である。
しかしながら、シベリアの歌舞や《鼓》を見ると、ヨーロッパと共通要素が多く、やはり北ルートでの伝播が否定できない。
古代メソポタミアとアラジャヒュユックの壁画の楽器を思い返すと、紀元前数千年にユーラシア大陸はかなり興隆した世界を持っていたんじゃないかと思ってしまう。
《トンコリ》はある意味、弦楽器の究極の姿あのかも。
…もしかしたら…ギターは予想以上に古い楽器なのかも…。

カムチャッカの音楽



アイヌ民のトンコリ伴奏舞踊



個人的にこのリフ圧しトランスミニマル系音楽大好きで、血の音楽かもしれないと思う。
北極圏・太平洋(環太平洋)の共通性は面白い。

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