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2015年10月30日14:06

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一隻の米イージス艦の出現で進退極まった中国 米海軍の活動を黙認すればメンツを失うが、排除しようとすれば交戦を覚悟しなければならない

 下記は、2015年10月29日 1付のニューズウィークに寄稿した、小原凡司氏(東京財団研究員)の論考です。

                       記

 2015年10月27日、米海軍のイージス駆逐艦「ラッセン」が、中国が建設した人工島から12海里以内の海域を航行した。このオペレーションは、「航行の自由」作戦と名付けられ、中国の南シナ海に対する権利の主張を根本から否定するものである。また、米国との軍事衝突を避けたい中国を追いつめる、軍事衝突も辞さない米国の決意を示すものでもある。

 米海軍艦艇が進入したのは、南シナ海に存在する南沙諸島(スプラトリー諸島)のスビ礁だ。スビ礁は、かつてベトナムが実効支配していた暗礁であるが、1988年に生起した海戦の末、現在に至るまで、中国が実効支配している。

 中国は、この暗礁を埋め立て、人工島を建設したのだ。国連海洋法の規定によれば、高潮時にその一部が海面上に出ていなければ、島又は岩として認められず、領土とはならない。暗礁に領海は存在しない、ということである。

 実は、南シナ海について、中国は「領海」という言葉を使わない。中国外交部は、「南沙諸島及び付近の海域に議論の余地のない主権を有する」と言う。主権が及ぶ海域は領海であるはずなのだが、中国は「付近の海域」とあいまいにする。それは、中国が、「九段線」で囲まれる南シナ海のほとんどの海域を自分のものにしたいからなのだ。中国外交部の主張は、中国の南シナ海に対する権利の根拠が、南沙諸島(スプラトリー諸島)の領有にあることを示している。

 しかし、海上に建設した人工建造物には、領海は存在しない。この規定に基づいて、米国は、中国が埋め立てた人工島は、暗礁の上に建設された人工建造物であるから領海は存在しない、と主張するのだ。人工島から12海里以内であっても、公海であるという意味だ。 さらに、公海であるのだから、米海軍の艦艇や航空機は、自由に活動できるということでもある。

 中国が「島」だと主張する人工島から12海里以内の海域に、そこが公海であることを示すために、海軍の艦艇を送り込んだのだ。人工島が領土であれば、領海に当たる海域である。

 米国が送り込んだのは、イージス駆逐艦一隻である。米国が示したいのは、米海軍が南シナ海において自由に活動できる、ということだ。一隻でも十分に目的を達成できる。さらに、艦隊を送り込めば、米国が中国に対して攻撃の意図があるという誤ったシグナルを送る可能性もある。また、空母は艦艇としての戦闘力が高い訳ではなく、目標に近づけて使う艦ではない。わざわざ危険に晒す必要はなく、搭載している航空機の作戦半径に入りさえすれば良いのだ。

 一方で、イージス駆逐艦は、対空戦、対水上戦、対潜戦全てに高いレベルで対応できる。米国は、中国が軍事的対抗措置をとっても、単艦で対応できる艦艇を送り込んだのだ。米国は、中国が軍事的対抗措置を採ることも想定して艦艇を送ったのは、中国との軍事衝突も辞さない、という米国の決意の表れである。

 唐突に見える米海軍のオペレーションであるが、米国にとってみれば、既定路線であるとも言える。9月の習近平主席訪米の際に実施された米中首脳会談の結果を待って、オペレーションのステージを上げたのだ。

 米国が、中国に対する態度の変化を明らかにしたのは、今年の5月である。米海軍のP-8哨戒機に、CNNのクリューを乗せて、中国の南シナ海における埋め立て等の状況を報道させたのだ。

 それまでにも、米国のシンクタンクであるCSIS等を通じて、中国の人工島建設の状況は公開されてきたが、より広く世界に対して、中国の活動を知らしめたことになる。米国は、段階を踏んで中国に対して圧力をかけているということである。

 中国の活動を世界に知らしめた、ということは、この問題が米中二国間の問題ではないことを示し、米国は水面下で中国と交渉したりしない、という意思を表明したことにもなる。中国が望む米中「新型大国関係」を否定するということだ。

 この時、米国防総省のスポークスマンは、「将来、中国の人工島から12海里以内の海域に、米海軍のビークル(艦艇或いは航空機)が進入することはあり得る」と述べている。中国に対して、圧力をかけ、譲歩を迫ったのだ。

 米国が見据えていたのは、9月の米中首脳会談である。この会談で、習近平主席が譲歩の姿勢を示さなければ、オペレーションのステージを上げるということである。すなわち、中国の人工島から12海里の海域に、米海軍が進入するということだ。

 アメリカの警告を無視した習近平に激怒したオバマ

 実際、直接、習近平主席と議論したオバマ大統領は、中国側が、米国の警告に対して、全く取り合わないことに怒りを露わにし、その後、今回のオペレーションを承認したと報じられている。

 米国防総省にしてみれば、中国に対応する行動を採るのは遅すぎると感じているかも知れない。一方で、米国は、中国に対して譲歩していない。速度は遅いかもしれないが、米国は、自らの意思を通すために、着実に対応の段階を上げている。

 実は、米国が懸念を有している中国の行動は、南シナ海だけではない。5月に公表された米国の議会報告書の中は、中国の、サイバー空間や宇宙での活動に言及している。

 オバマ大統領の中国に対する危機感を高めたのは、サイバー攻撃や衛星破壊等による、米国の軍事を含むネットワークに対する攻撃であるとも言われる。

 南シナ海における人工島建設と軍事施設化とも思われる活動は、これらの活動と合わせて、中国の意図に対する米国の懸念を増大させるものなのだ。

 米国が中国の衛星破壊兵器の開発等を非難する時、中国が「中国は、宇宙の平和利用を尊重している」と建前だけで非難をかわそうとすることにも、米国はいら立ちを募らせる。

 表に出にくいサイバー空間や宇宙空間とは異なり、南シナ海の状況はだれの目にも明らかである。米国は具体的に対応できるため、中国の意図を挫くオペレーションをわかりやすい形で展開できる。中国の意図とは、アジアから米軍の活動を排除し、米国に対して対等な核抑止力を保有し、中国に対する米国の軍事的優位を覆そうとする意図のことだ。

 米国は、南シナ海が公海であり、米軍が自由に活動できることを示すためには、中国の人工島から12海里以内の海域を航行するオペレーションを継続しなければならない。

 一方の中国は、南シナ海で米軍が自由に活動できたのでは、中国の安全は保障されなくなると考えている。中国が、南シナ海から米軍の活動を排除したいのは、中国本土に米軍を近づけないというA2AD(近接拒否:Anti-Access Area Denial)戦略とともに、米国に対する核抑止にも関係している。

 核による報復攻撃の最後の保証は、核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルを発射できる戦略原潜である。陸上の核兵器は、敵が先制核攻撃を行った場合は破壊される可能性が高いが、潜水艦はその隠密性ゆえに残存性が高い。

 中国の戦略原潜は、海南島の海軍基地に配備されている。海南島は南シナ海に飛び出したような形をしているが、中国の戦略原潜から発射されるミサイルの射程は、約8000キロメートルと言われ、南シナ海から発射しても、米国本土に届かない。抑止力として使うために、中国の戦略原潜は、常に、太平洋で戦略パトロールを実施しなければならないのだ。

 自国を自由に核攻撃させるような状況を米国が許すはずがない。米国は、中国の戦略原潜の位置を掴んでおかなければならないということである。潜水艦の位置を常に把握することが出来るのは、潜水艦による追尾だけだ。

 さすがの米海軍といえども、いったん太平洋に出てしまった潜水艦を探知することは極めて難しい。最も望ましいのは、中国の戦略原潜が出港する時から探知、追尾し、米国の攻撃型原潜で追跡し続けることである。南シナ海での米海軍の活動は、米国の核抑止戦略にも関わるものなのだ。南シナ海で、米海軍が自由に活動できることは、米国の安全保障にとって極めて重要な意味を持つのである。

 米軍をこのまま放置すれば中国政府への国民の非難は高まる

 米国が譲歩しない限り、中国が譲歩しなければならない。中国は、米国と軍事衝突するわけにいかないからだ。中国は、米国と軍事衝突した場合、勝利することが難しいことを理解している。米国は中国との軍事衝突を恐れず、中国が米国との軍事衝突を避けなければならないとすれば、譲歩しなければならないのは中国の方だ、ということになる。

 国防大学政治委員の劉亜州上将が最近発表した論文は、「戦争になれば中国は退路を失う。中国は勝利する以外に選択肢はない。もし敗北すれば、国際問題が国内問題になる(共産党の統治が危機に陥る)。だから、戦争は極力避けなければならない」という主旨のものだ。 習近平主席に近い劉亜州上将の論理は、習近平指導部の考え方であると見てよい。彼の論文は、東シナ海をめぐる日中関係について述べたものだが、中国は、日本の先に米国を見ている。

 米国のオペレーションは、中国が軍事的な対抗措置を採れば、軍事衝突につながりかねないものだ。各種戦闘に対応できる駆逐艦を送り込んだのは、中国にとってみれば、「やれるものならやってみろ」と言われているようなものである。米国は、中国との軍事衝突を恐れていない、と言っているのだ。中国は、米国との軍事衝突は避けなければならない一方で、米国に対する譲歩の姿勢を、特に、中国国民に見せることは出来ない。

 米国に対する譲歩の姿を見せられないということは、南シナ海における活動を直ちに停止することは難しいということでもある。目に見える形で、米国の圧力に屈したことになりかねない。

 では、表に出ない部分で、中国が譲歩できる部分があるのか? 中国は、サイバー攻撃や衛星破壊、電磁妨害等に関する問題で、米国の懸念を払しょくできるような譲歩はできるかもしれない。

 しかし、これは、中国にとっては、米国に対する抑止の対等性を放棄させるものでもある。中国は、米国の監視能力や指揮通信能力を低下させることによって、実際の核兵器の能力差を補えると考えているからだ。IISSのミリタリー・バランス2015によれば、大陸間弾道ミサイル発射機の数は、米国が450、中国が66である。この差を埋めることは、中国にとっても難しいし、時間もかかる。中国は、米国と対等な相互核抑止が成立していないと心配するのだ。中国にとっても自国の生存にかかわる問題である。

 しかし、衛星を含むネットワークが攻撃されて機能が低下すれば、米国は中国の軍事活動を把握できなくなり、その戦闘能力も低下することになる。米国にとっては、「対等」どころではない。安全保障上、最も危惧すべき状況である。結局のところ、米中の安全保障に関する認識に大きなギャップが存在していることが、米中間の緊張緩和を妨げている。

 と言って、このまま放置すれば、米海軍艦艇に自由に行動させ続ける中国指導部に対する国民の非難は高まるだろう。中国指導部は、「監視、追跡、警告」といった抑制的な対応では済まされなくなる。 そうなれば、中国は、米海軍艦艇を排除するために、針路妨害等の強硬な手段を採らざるを得なくなる可能性もある。

 その結果、万が一、米海軍艦艇に損害が出るようなことになれば、米国は自衛権を発動するかもしれない。軍事力の行使だ。自衛権を発動しなくとも、公海における捜索救難は、米海軍自身で行うだろう。南シナ海に近い海域で待機しているであろう、米海軍の他の艦艇或いは艦隊が、南シナ海に突っ込むことになる。中国は、この公海を領海だとしている。他国海軍の活動を許せば、中国は面子を失う。しかし、排除しようとすれば、交戦も覚悟しなければならない。

 米海軍に対処しても、しなくても、中国は追い込まれてしまう。米国は、「航行の自由」作戦を継続する。中国が、米国が納得する譲歩を模索できる時間はさほど長くないかもしれない。中国は、厳しい選択を迫られている。

[執筆者]
小原凡司
1963年生まれ。85年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。東京財団研究員

 http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/10/post-4047_1.php
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