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2015年10月15日20:59

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又 木更津

今回の本命だったLR-1

LR-1は陸自の型番で、商品としてはMU-2。空自はこっちの呼び方で救難捜索に使ってました。

日本の戦後航空というと、YS-11とか、最近のMRJ、ホンダジェットとかを声高に言われるけど、この飛行機は世界で約800機を売り上げた、正真正銘戦後日本最高のベストセラー。

同時期に台頭してきたビジネスジェットよりも早く目的地に着けるなんて話もありました。

なんでかっつうと、ビジネスジェットはその性能を活かすためには高い高度に昇らなければならなくて、そこで時間を食うのだとか。

だからトップスピードが勝っていても、上昇・降下をあわせたトータルでMU-2に負けてしまう事があるとか。

その代わり、MU-2(LR-1)は低空をぶっ飛ばしていくので乗り心地が悪いとか、空気抵抗を減らすために翼を思い切り小さくしてて、ロール制御をスポイラーで行うので、操縦がちと難しいとか言われる事もあるようです。

ただし、そう言った性格も含めてファンを獲得していたみたい。

一方で、空自の救難捜索なんかでは、一定パターンを描いて海域上空を往復したりするので、その直線番長的な操縦特性が結構難点だったという話もちらほら聞かれます。

機体がちっこくて乗降口の近くでプロペラがぶんぶん回っているので結構危険だったりもするようです。

今回初めて操縦席に座りました。救難機にはなかったカメラ窓も確認。

格納庫内の2020号機は既にお役ご免で一部部品が抜かれてました。2019号機は来年2月まで飛行を続けるそうです。

隊長さんはLR-1最後の航空祭という事で気合い入りまくりだったそうですが、朝方の悪天候のために断腸の思いでフライトを断念されていたとか。

午後には何とか回復したんですけどねぇ…。

800機も売れたので、まだまだ現役で飛んでる機体が民間にいるようです。

そういえば、この飛行機の計画のとりまとめ役は東條さん(ヒデキ感激!)のご子息だったはずで、マジ零戦の血を引いてるって言えば言えるのかな?
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