昔、昔のお話は、年に一度の月の晩に始まる。
風を撫でるススキ穂は、狐の忘れたしっぽではないの?
赤いべべ着た ちいさこべ
泣いて、泣いて、お月さまを困らせた。
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〜ととさま、あのお月さまは、私を呼んでるの?
年を重ねてから人の親になったととさまは、こう言った。
『赤いべべ来た小さな我が子、あの月はお前を呼んだりはしないよ』
〜では、ととさま、どうしてあんなに輝くの?
『小さな童、ととさまの話を聞いてみるか?』
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昔、昔
やたらと雨の多いときがあった。
田畑は水浸し、川は 今にもあふれんばかり。
里人は、息を殺して雨のやむのを待つばかり
『龍神様のお怒りじゃ』誰かが叫び、その声を追って また 雨は降る
川は決壊、家も水に浸る
『わずかばかりの残ったコメは、すべて年貢。我らの口には入らぬ』
『神も仏もあるものか』
『もう、なんの力も出ぬわ』
やっと 雨は止み、様変わりした情景があるばかり
人は、我を失い、力もなくし、希望も見えぬまま。
『それでも、誰のせいでもないのじゃろ』
『そうじゃ、誰も悪うない』
ふいに、目の前の者の顔が輝き始めた。
『なんじゃ?』
今日は、年に一度の月夜
上がった雨は、雲も連れ去った
そして、闇夜に浮かぶ 満月
『顔をあげよう』
『そうじゃ、わしらは 物をなくしたが いのちはあるじゃないか』
『あの月に、わしらの顔を見せてやろ』
『八百万の神々よ、龍神様よ、こうやって いつも お月さんにわしらの顔をみせてやる。』
『明日、また 野良に出て働き、疲れた夜に、また わしらの顔をみてくだせぇ』
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ちいさこべ、ととさまの話は ここまでじゃ
あの お月さんはな 人の笑う顔が好き
今日一日、つこうた いのちを有り難く思い
その 笑うお顔を お月さんにみせておあげ
〜 ととさま、お月さまは・・・
わしら 人に 力を与えてくださるのだよ
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遠い 遠い昔
まんまる月の晩に 父と子の声は風に乗り
あなたの元へ そろそろ たどり着く頃でしょう
今宵 中秋の月夜に 痛んだ心へ届けます。
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