中村天風「君に成功を贈る」より。
具合が悪いときに具合が悪いと言ったら、
具合の悪いのが治るかい
心の尊さと強さと正しさと清らかさが、万が一にも失われてしまうと、心が弱くなる。すると、たちまちものの声に応ずるように神経の働きも弱まっちまうんであります。
さっき言った「ナーバス・システム」ね。これが命を生かしている中枢の力でありますから、中枢力がボルテージをおとしちまったらば、命もたちまちものの役にもたたないことになるんですよ。
あなた方も、本気でおっかながっちまったり。あがっちゃたりすると、尊さも強さも正しさも清らかさもありゃしねえ、ふわーっとなっちゃうでしょう。そういうこともあったでしょ今までに、ふわーっとなったこと。
そうなるともう人間なんかじゃありません。ロボット、ロボット、魂の抜け殻。(笑)
だから今日の話で「あーそうか」と思ったら、心のたてなおしに努力しなさい。いかなる場合であろうとも、尊さと強さと正しさと清らかさを失うまいぞってね。そのためには、いいかい、自分の心の中に「悲観的なもの」「消極的なもの」を一切、入れないことです。
それにはまず言葉に気をつけることです。言葉に。どんな場合にも、「こまった」「弱った」「情けない」「悲しい」「腹がたつ」「助けてくれ」なんていう消極的な言葉を絶対に口にしないことです。
いいですか、言葉にはね、その言葉が発せられると、観念を通じてその言葉の通りの影響が出てきてしまうという応用、作用力があるんですぜ。
ですから悲観的な言葉を発すれば、悲観的な影響が自分自身に返ってきてしまうんですよ。ちょうど池に石をポチャーンと落とすと、向こう岸にあたって波が返ってくるように。
言葉には人生を左右する力があるんです。この自覚こそが人生を勝利にみちびく最良の武器なんですよ。
たとえば病のときでも、あなた方は、やれ頭が痛いのケツが痛いのって、のべつ体の具合の悪いことをさかんに言ってやしないかい。
こう言うと「痛いときに痛いって言って、なにが悪いんですか」なんて言う人がいますが、具合の悪いときに具合が悪いと言ったら、具合の悪いのが治りますか? 運命が悪いときでも「ああ、俺はなんてついてないんだ」って言ったら、運命がよくなりますか?
言ってよくなるなら、もうどんどん言いなさいよ。でもね、よくなりゃしないですよね。
ご参考までにお話ししておきましょう。あの東洋のネルソン(イギリスの海軍総督)とまで称賛された東郷平八郎元帥(日露戦争の時、連合艦隊司令長官としてバルチック艦隊を破った海軍大将)、みなさんご存じでしょう。
元帥は、晩年に喉頭ガンに侵されてしまったんですが、喉頭ガンというのは、とにかく普通のガンと違って、食べるのはもとより、息ひとつするんだって、そりゃあ痛みの激しいものなんです。
そのため元帥もだいぶこれには悩まされたらしく、あるとき私に、
「天風先生、このできもんは、傷みのひどいものですが、いったい、どうしておればよいでごわすか」
とあの薩摩弁でたずねてこられました。私は、相手が普通の人間でないのですから極めて単刀直入に、
「その病は痛いのが特徴です。ですから痛いと言っても、言わなくても、生きているかぎりは痛みます」
と率直に言ったんです。すると元帥は破顔一笑されて、
「痛むのがこの病の特長でごわすか」
と言われ、なんとその後、亡くなるまで、一言も痛いと言われなかったそうです。医者が診察したときも、
「お痛みですか」
「痛むのがこの病の特徴でごわす。しかし天風さんのお蔭で元気でごわす」と笑顔でお答えになったそうです。そして、元帥は医者が思っていたより、ずっと長生きされましたよ。
凡人と偉人の違いは、こういうところにあります。
これが普通の人なら、死ぬような病でなくとも、少しでも痛みのある病にでも侵されようなら、医者が「痛みますか」なんて訊けば、待ってましたとばかりに「痛いですよ、とってもたまりません。何とかしてください。注射、注射」なんておおげさに騒ぎますよ。そして軽くすむ病を重くしたり、長引かせたりしてる。
厳粛な真理の上から申せば、こうした消極的な言葉を言えば言うほど、よりいっそう悪い状態が自分自身に返ってきてしまうんです。
ですからどうせ言うならその同じ口で、「ああ、ありがたい」「ああ、楽しい」「ああ、嬉しい」って言ってごらんよ。積極的な言葉を自分が発すれば、期せずして病も運命も、どんどんよくなっていくようになるんですよ。
いくら言っても別に税務署に金持ってかれるわけじゃないんだから。(笑)
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