西郷隆盛にこういう漢詩があります。
【現代語訳】
いったん引き受けたならば、どこまでもただ一筋に貫き通すべきである。
これまで培ってきた胆魂(きもたましい)は毫も動かしてはならない。
豪傑は貧しい家に生れ、勲(いさおし)高い事業が多難を経て、
初めて世に顕現する。
梅の花は雪に耐えて美しく咲きだすもので、
楓も霜を経て真っ赤に紅葉する。
もし天意のあるところがわかったら、
どうして自分の安楽を謀ることができようか。
昔から苦労は買ってでもしろというが、それ以外にゆるぐことのない人格は作りようがない。低い身分ゆえの理不尽な扱いや貧困の辛さを経験した人は、人を見る目がやさしくなる。そう教えてくれる恰好な逸話がある。
慶応3年(1867)、王政復古の大号令が出たけれども、旗幟を鮮明にしない徳川幕府を屈服させるため、西郷隆盛は官軍を率いて江戸を目指した。道の両端は錦の御旗を掲げた官軍を一目見ようと、大勢の人が詰めかけた。
と、その中に、兵士の母が別れを惜しんで伏見まで駆けつけ、手を振って追いかけてくるのが見えた。兵士はつらそうに母を振り返り振り返り歩いていた。
それを駕籠の中から見ていて気づいた西郷隆盛はその母を呼び寄せ、背中をさすって「達者でいてくれ・・・・・」と言い、懐中から金子を出して与えた。誰も見ていないような、ごく自然の素振りだった。群衆はその光景の一部始終を、固唾をのんで見守った。兵士は自分の情を隠すことができず、おいおい泣いた・・・・・。
群衆は西郷隆盛が創ろうとしている明治の御代はどういう社会なのか、直感しただろう。明治維新へと向かう潮流は、もはや押しとどめることができないものとなった。
群衆は西郷に「霜に打たれた柿の色、辛苦に耐えた人の味」を感じ取って、万なりの拍手を送ったのだ。
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