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2015年08月07日10:22

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中村天風「感謝するものに、気がつかないでいるのだ」


感謝に値するものがないのではない。
感謝するものに、気がつかないでいるのだ。


夕方駅から出ると、いま一緒に電車から降りてきたばかりの中年男が公衆電話をかけていた。
「俺ッ、いいか」 
ガチャン。電話はそれだけだった。こういう人が家に帰ると、きっと「ただ今ァー」とは言わないのだろ。「帰ったゾ」、「メシだ」、「新聞ッ」、「風呂ッ」、「寝るッ」、「グァーッ」とあとは大いびき。
こういう人が、定年退職後の、高齢離婚予備軍なのかもしれない。

夕食のとき、妻の手作りの料理がテーブルにいっぱいに並んでいた。亭主は黙々と食べていた。
「ねえー」、
「――」、
「ねえ、おいしい?」
「――」、
「ねえ」
「うるさいな」
「おいしいのって聞いてるのにー」
「まずいときにはまずいッと言うよ」
「――」
二人を包む空気もテーブルの料理も時間がとまったように静かに冷えていった。

かつて精神科医の斎藤茂太氏は、ボケの最大の防御は、感動する心を失わぬことだといった。それには常に喜びと感謝の言葉を口にすることだ。

勤めから帰ってくる。妻の作った夕食。まず味噌汁をひと口。
「おー、うまいーッ。やはりわが家の味噌汁はうまいなあー」
喜びと感謝をこめて、(ウソでもいいから)言ってみな。妻の顔は思わずほころんで、この世で一番美しい笑顔を見せてくれる。

娘夫婦がやってきた。母親は、若いのだからといって、たくさんの料理を作って出した。
娘婿は、ひと皿ごとに大きな声で「これはうまいッ」、「ウムこれはすごい」、「おいしい、おいしい」と言って片っ端から食べ尽くしていた。
本人も娘も母親も、家中が明るく楽しく幸せに満ちていた。




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