【収録曲】
R.シューマン
1 「子供の情景」Op.15
2 「クライスレリアーナ」Op.16
マルタ・アルゲリッチ(Pf)
録音 1983年,ミュンヘン(セッション)
DG 410653
シューマンの音楽は「密室的告白」だという吉田秀和の評を読んで,この作曲家を攻略する手掛りをつかんだような気になった。そこで,手始めに以前から目をつけていたアルゲリッチのこのCDを聴いてみたというわけだ。鋭いひらめきと鮮やかなテクニックで,シューマンの世界に導き入れてくれるに違いないという思惑からだ。
予想に反して,薄味のシューマン。アルゲリッチにしては,信じ難いほど微温的な演奏である。ドストエフスキーの小説のような濃密な演奏をイメージしていた。だが,それは日常茶飯事を題材にした軽いエッセーだった。
薄味で微温的なシューマンとはいえ,アルゲリッチは「子供の情景」と「クライスレリアーナ」の性格的な違いを的確に描き分けている。「子供の情景」は,あくまでも小品集として,また,「クライスレリアーナ」は調性感を柱に据えた緊密な構成の作品として捉えている点はさすが。
ただし,いくら小品集とはいえ,「子供の情景」の音の密度の希薄さ加減は,とてもアルゲリッチの演奏とは思えない。子供の夢想と現実とがないまぜになったポエジーが蒸発寸前という様相を呈しているのはいただけない。
「クライスレリアーナ」では,音の密度はかなり濃密だ。とくに,第1曲の「アジターティシモ」と第8曲の「ヴィヴァーチェ・エ・スケルツァンド」では,音楽の輪郭は明瞭だ。しかし,これらも含めて,8つの幻想曲という副題をもつ作品のイメージからはかけ離れた演奏。E.T.A.ホフマンが作り上げたJ.クライスラーという人物のエキセントリックな人物が持つ奇怪さや異様さは影を潜め,人畜無害なシューマンである。
このCDは名盤なのかもしれないが,その演奏の面白さを理解できない。困った時の神頼みならぬ,アルゲリッチ頼みが祟ったのだろう。その選択の安易さを見透かされたような気もする。最近,グリゴリー・ソコロフやマリア・ユーディナを聴いて,ロシア風の濃厚な味付けに馴染んでしまったために,アルゲリッチの演奏が物足りなくなったというわけでもないだろう。
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