プロ野球はキャンプも終わり、各地でオープン戦も酣(たけなわ)だ。
各チームも新人や若手がチャンスを伺いつつ汗を流している。
そして 今年の選抜高等学校野球大会は3月21日、もう間近である。
小学生の頃 静岡代表の浜松商業と沖縄代表の学校が準決勝か決勝で対戦した事がある。
その数年前、我が家は静岡県の沼津に引越しをしてきた。僕ら子供達にとって、生まれは東京でも静岡が故郷、当然 浜松商業の応援だ。だが親父は自分の生まれ故郷の沖縄の高校を応援した。今から考えればしごく当然の事なのだろうけど、自分は弟と一緒に
「いま静岡に住んでいるのに何故、地元を応援しないんだ」
なんて 反論して楽しんだりした。
庭の隣のセミが夏の終わりを惜しむかのように いつまでも泣き続けていた。
それから約40年後
2010年
春の大会 興南高校の島袋洋奨投手はむかう処、敵なしだった。帰省していた自分は沖縄から、わざわざ訪ねてきた叔父とtvで高校野球を鑑賞していた。我々の隣は当然のように親父がいた。だがその親父は車椅子型のベットに繋がれ、目線が何処を指しているのかも解らない状態に突入していた。
「お兄さん 沖縄の興南高校が優勝したよ」
叔父が嬉しそうに話かけたが、返事が聞こえない。よだれを垂らしながら「あー」とか「うー」とか呟いているのかも知れない。
父は要介護1 から 2へ そして自宅介護が不可能な状態に陥り、この日の甲子園の決勝が自宅でみる 最後の高校野球となった。
その夏興南の島袋洋奨投手は春夏連覇の快挙を成し遂げた。なお興南高校野球部は、沖縄県民に大きな感動と誇りを与えたとして、大会後に県民栄誉賞を受賞している。
父はその夏の大会が始まる前に息を引き取ってしまった。
葬儀の席で野球好きの 叔父が
「島袋くんはプロ入りするのかな?進学するのかな?」
と尋ねた。
叔父なりの悲しみをこらえようとする、投げかけだった。
「ベイスターズは左投手が少ないから来てほしいけど、まだ線が細いから進学するかもね」
自分も精一杯の返事を叔父に返した。
あれから四年後 2014年10月23日に行われたプロ野球ドラフト会議では福岡ソフトバンクホークスに5位で指名された。春夏連覇の快挙を考えると驚く程の下での指名だが、大学通算成績を考えれば、プロ入り出来ただけでも、幸せかもしれない。
僕は父さんが大嫌いだった。
だから18になったらすぐに家を出たし 長男であったが地元に帰る気持ちなんてさらさら無かった。
だけど結婚して子供の親となった時、ようやく親父の気持ちが解ってきたような気がした。
だが子連れの帰省は慌ただしく、親父と面と向かって話す時間はちっとも確保できなかった。
ある程度 子供が成長したら しっかりと「親父、俺をここまで育ててくれてありがとう」といつか言わなきゃ言わなきゃ と 頭の中では考えていた。
ある正月の時 親父が孫である 自分の娘を誰か理解できなくなっていた。今まで帰省する事や新幹線に乗ることを楽しみにいていた 娘が
「もう私の事を解らない おじいちゃんに会ってもつまらない」
と 言い始めた。
自分はその時の いたたまれない気持ちを 小山卓治宛てのファンレターの中に 書き溜め
近日に行われたライブへ「前夜」をリクエストした。
2009年3月28日 芝浦のライブハウスで 僕の手紙を 読み上げ
この唄を歌ってくれた
続く
http://www.ribb-on.com/takuji/writes/essay/nikugan/nikugan.zenya.html
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