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2015年03月07日11:16

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音楽堂バロック・オペラ『メッセニアの神託』

ヴィヴァルディ: 歌劇『メッセニアの神託』(全3幕)

ポリフォンテ(メッセニアの王): マグヌス・スタヴラン(T)
メロペ(メッセニアの女王): マリアンヌ・キーランド(Ms)
エピーティデ(前メッセニア王の息子): ヴィヴィカ・ジュノー(Ms)
エルミーラ(エトリアの王女): マリーナ・デ・リソ(Ms)
トラシメーデ(メッセニアの首席大臣): ユリア・レージネヴァ(Ms)
リチスコ(エトリアの公使): フランツィスカ・ゴットヴァルト(Ms)
アナッサンドロ(女王の護衛): マルティナ・ベッリ(Ms)
寺内 淳志,長谷川 直紀(助演)

エウローパ・ガランテ(管弦楽)
ファビオ・ビオンディ(指揮・ヴァイオリン)

演出: 弥勒 忠史
美術: 松岡 泉
衣装: 萩野 緑
照明: 稲葉 直人

2015年2月28日(土),15:00〜,神奈川県立音楽堂


音楽堂バロック・オペラ『メッセニアの神託』は,神奈川県立音楽堂の開館60周年を記念する特別企画。1954年12月に,音楽専用ホールとしてオープンし,近衛秀麿指揮による二期会の「コシ・ファン・トゥッテ」で杮落としを行った。音楽専用ホールの建設にしろ,「コシ・ファン・トゥッテ」の上演にしろ,戦後間もない時期に,このような動きがあったことは知らなかった。

オープン60周年の記念イヴェントとして,ヴィヴァルディの歌劇「メッセニアの神託」を取り上げたのは,ユニークな企画という点で際立っている。昨今,オペラの上演がより幅広い聴衆の支持を集めるようになった。しかし,よりによってバロック・オペラを取り上げるとは。そして,ヘンデルなどのメジャーなバロック・オペラ作曲家ではなく,マイナーなヴィヴァルディに白羽の矢を立てるとは。さらに,多作なオペラ作曲家でもあったヴィヴァルディの作品の中から,遺作となったパスティッチョを選ぶとは。独自性を追求するのが,このホールのポリシーなのだろう。

パスティッチョとは,既存のアリアの良いとこ取りで作ったオペラのことだ。当時,オペラは1回限りの消耗品で,著作権という観念もなかった。この作曲方法で,作曲家には作品を素早く完成できるメリットがあり,聴衆にとっても人気のアリアを再び聴くことができるメリットがあった。ロー・コスト,ハイ・リターンの作曲技法だ。パスティッチョでは,作曲家は選曲眼で勝負することになる。

そもそも,この時代のバロック・オペラは,アリアの寄せ集めでできているようなものだ。パロック・オペラのアリアは,A−B−A´のダ・カーポ・アリアの形式で書かれ,Aが繰り返されるA´では歌手が即興的に装飾を付け加えることが慣わしになっていた。ダ・カーポ・アリアでは,登場人物の激情を超絶技巧でドラマテックかつアクロバティックに表現するのがバロック・オペラの売りだった。オペラとはいっても声の饗宴であり,筋書きは刺身のつまに過ぎない。

音楽堂バロック・オペラ『メッセニアの神託』は,まさにパスティッチョで書かれたバロック・オペラの由緒正しい上演といっていいだろう。7人の歌手によるジョイント・リサイタル,ガラ・コンサート,歌合戦の様相を呈していた。舞台美術は抽象的で,演技も必要最小限に抑えられ,まるで演奏会形式による上演のようだ。字幕付き上演であるにもかかわらず,物語の展開には興味をそそられることはない。いきおい登場人物の心情を激白した技巧的なアリアに気を取られる。

7人のソリストは粒ぞろい。鬼面人を威すアクロバティックでエキサイティングな歌唱こそなかったが,確かな技巧に支えられた安定感抜群の歌唱で,バロック・オペラのアリアの醍醐味を堪能するには十分。見せ場が多くなる第3幕に向かって,歌に熱が入り,ますます神憑り的なバロック・オペラらしくなっていった。とりわけ,ロシアのメゾ・ソプラノ,ユリア・レージネヴァの光彩陸離たるコロラトゥーラが抜きんでていた。

18人のオーケストラも,独唱陣と同じく,管弦楽も幕を追うごとに尻上がりに調子を上げてゆく。ヴィヴァルディにしては落ち着いたやや地味なサウンドだが,これまた抜群の安定感を誇る演奏である。ビオンディは,当時の習慣に従って,ヴァイオリンを弾きながら指揮をしていた。難所に差し掛かると,ヴァイオリンの演奏を中断して,弓で指揮をする。細かいニュアンスまで明瞭に聴きとることができ,やはり古楽はホールで聴くに如くは無し。

演奏以上に興味深かったのは,和洋折衷に古今の時間軸を組み合わせた演出。緞帳の替わりに,二曲一双の屏風に似せたパネル使う。金地の背景に,図案化された濃い灰色の雲がいくつも浮かぶ。オーケストラは,前3列の客席を取り外したスペースに陣取る。

舞台装置は抽象化された能楽堂のイメージ。本舞台はステージ中央に設えられ,橋掛りに似せた通路は下手と上手の両方に延びる。舞台と通路は,漆塗りのような光沢の黒色で被われていて,客席側の側面には図案化された波の模様が白色で描かれている。下手側の橋掛りの手前は枯山水の庭園を思わせる小さな空間があり,白砂の表面には石庭のように川の流れや渦のような模様が浮き出ている。メッセニアは海で隔てられた国であることを象徴的に表しているようでもある。もちろん,ドラマが演じられるのは本舞台。

衣装も和のテイストをベースにした現代風のファッション。王家の人々は,袖や裾が長く,大きく張り出した堂々とした衣装を身にまとう。肥大化したエゴを象徴しているようでもある。パリやミラノのファッション・ショーに出展された作品のようでもあり,その曲線や素材には和のテイストが感じられる。他の登場人物は忍者のような装束を身に着けている。見方によっては,忍者の装束がパリ・コレのようにもみえ,ファッショナブルな一面もある。

舞台や衣装からうかがえる演出の意図は,聴衆とドラマの距離を適度にコントロールすることにあると思った。まず,能舞台や石庭,そして和装など和のテイストで聴衆をドラマの世界に引き入れる。一方,いにしえの日本や現代の西洋を暗示することで,聴衆とドラマの間に時間的・地理的な距離を生じさせる。なおかつ,舞台美術や衣装デザインを抽象的にすることで,舞台空間での所作や振舞に自由度を与える工夫が凝らされている印象だ。一見,演奏会形式の上演と大差ないような演出であるが,実は練りに練った手の込んだ演出であると思う。

バロック・オペラは演奏会形式でも十分に楽しめる。このジャンルでは,筋書きは二の次なので,振り付けなどの演出はさほど重要ではない。とはいえ,聴衆を視覚的にドラマの世界へ導き入れる仕掛けがあった方が望ましいのも事実だ。この2点を踏まえると,音楽堂バロック・オペラ『メッセニアの神託』は,ひとつの規範となり得るバロック・オペラの上演だったと言えるだろう。

何より,テマとヒマとカネを惜しみなく注ぎ込んだプロダクションが成功のより大きな原動力かも知れない。やはり,オペラは金食い虫だ。

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