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2015年02月21日20:44

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「大学」の教え2




止どまるを知りてのちに定まるあり

この人生の目的をみつけることができると、心が定まり自分の心に動ずるものがなくなってくる。

定まりて后(のち)よく静かなり。静かにして后(のち)よく安し。安くして后よく慮(おもんぱか)る。慮りて后よく得(う)。

自分の心がしっかりと定まると、心に動ずるものがなくなり、どんな状態におかれても迷いがなくなり是非判断が正しく物事の実相がよく見えてくる。

物に本末あり、事に終始あり。先後するところを知れば則ち道に近し

樹木の本(元)は根です。根がしっかりして、枝、葉が立派に育ちます。「徳性」が「本」で、知能・技能というものは「末」になるのです。

だから、徳性を涵養すること、すなわち「明徳を明らかにする」こと、これが一番大切なのです。根本をしっかりすると、結果は必ずともなってくるのです。
この本末をよくわきまえることが必要です。

「事には終始があり」について、伊与田覚先生の解説です。
事には終始がある。たとえば時間というものは無始無終です。どこから始まって、どこに終わるかはわからない。しかし、この時間にもやっぱり初めと終わりがあるんです。これは抽象的にものを考えると分からなくなるけれども、具体的に考えればすぐわかることです。「この一瞬」をとってみたら、これが終わりで、それは同時に始めとなるんです。それは同時的なもので、終わりから始まるわけです。

人間というものは一瞬一瞬が終わりです。「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」と親鸞聖人はいわれましたが、本当に人間はわからない。昨夜まで元気だったものが、今朝交通事故に遭って死んでしまったということもあるでしょう。

終わり、そしてまた始まりという状態をずっと続けて、私も90になったわけです。その間、病気もずいぶんしました。長い入院生活も経験しました。「明日の朝は生きているかな?」と不安に思いながら寝たこともあります。
軍隊に行っていたときにも、こんなことがありました。あるとき連隊から転属命令が出た。私はそこに行きたくないと思ったけれど、命令だからと従いました。そうしたら、そのあと以前にいた部隊が敵機の襲来を受けて全滅してしまった。そこの部隊に残っておったら私も今ここにおりません。自分の意志ではなかったけれど、行きたくないところへ転属していたから助かった。こういうこともあります。

だから人生というものは、良き終わりを持つことが良き始まりにつながるものだと思いますね。それは何も難しいことはない。一瞬一瞬充実した生活をすればいい。これより他にありません。

そういうことで、我々の生涯にも始めと終わりはずっとあるわけです。その始まりをよきものにしようとするならば、よき終わりを持とうと常に努力していくことが大切です。

「先後するところを知れば則ち道に近し」、ここで孔子のいう「道」というのは「人の道」という意味です。すなわち、いろいろやることがある中で、何を先にし、何を後にするか自ら判断して順序をつけて、それを実行する。そうすれば人の道から離れることはない、あるいは、人の道を踏み外すことはないということになります。
・・・以上。



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