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2015年01月22日16:37

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世に盗人の種は尽きまじ

オレオレ詐欺とか劇場型詐欺とかかまびすしいが、古書の『香具師奥義書』から引用して紹介する。
まぁ、古来 世に盗人の種は尽きまじ。




《ここに東海道線の下り列車がある個所を進行中と仮定する。今しがた、その列車の3等室に入って来た一人の若者は、身姿ははなはだ貧弱であるけれど、手には重そうに一個のトランクをさげている。きょろきょろと車内をひとわたり見廻したが、ある一人の紳士が腰掛けている傍らの空席を発見し、まずそこに腰掛けた。

 と、その瞬間である。うとうとと眠りかけていた紳士はふと気がついたらしく「お、君は××じゃないか!」と横柄に、しかしなつかしげに訊いたものである。

「はい、そうです、あなたは△△さんでしたねえ!」と若者は応じた。
「いや珍らしい珍らしい。どうしていたね、え、君その後……」と紳士の声は高い。
「いや面目次第もありません、あなたがあれほど親切に仰って下さったのに、つい魔がさして工場を変わったのが運の尽きでした。
 今日その会社がまた潰れましてネ、今その……故郷に帰る途中です」
「ふん、それは気の毒だ。ところで、それじゃ沢山に解雇手当をもらったろう……」
「いえ、なかなか、どうしまして、不況で会社が潰れるほどで、金なんかほんの旅費だけです」
「なんだって……ふん……それじゃ困るじゃないか……」
「ええ、まったく……その代わり、まあ生産品をこうやって少しばかり貰って来たんですがねえ、これだって……金でなければ故郷に待っている嚊(かかあ=妻)や子供に手土産一つ買ってはやれません……全くどうも」
「生産品って? ああ、ああ、君は△△製作所に入ったんだっけな。それじゃ万年筆だね。うーん、でもあそこの製品なら上等だ。どこにだって売れるじゃないか!……どう見せてみたまえ。僕もなんなら少し買ってあげよう」
「旦那! それは本当ですか、いやどうも助かります!」

 そこで若者は直ちにトランクを開いてみせた。ぎっしり立派な万年筆が詰まっている。無論、この2人の話を聞いていた周囲の乗客も思わず乗り出して、その品物を見るのであった。

「なるほど、これは上等だ」
 紳士は1〜2本の万年筆を取りあげて仔細に見るのであった。
「うーん、上等、上等、ねえ君! さすがに△△製作所のものは念入りに出来ているねえ。惜しいもんだ、あの会社が潰れるとは……」
「ええ、それが社長が株にあんまり夢中になったので……」

「ところで君、これをいくらで売るね、なに……安ければみんな買っていって国にいる奴に商売をさせたっていいんだがね……」
「ええ、安くしときますよ。私が持っていたって宝の持ちぐされなんですから」
「うーん、いくらだね」
「1本2円ずつ……」
「2円? 安い、が……君、言わば君はこれをタダでもらって来たんじゃないか! もっと安くしておきたまえ。30本とか、50本とか、まとめて買ってやれば君だって都合がいいんだろう、なあ、そうじゃないか!」
「ええ、そりゃもう……出来るだけ……」

 そこで、これを見聞していた周囲の客はますます2人の珍奇な対話に興が乗ってきた。
 たまりかねた一人の乗客が、「失礼ですが私にも1つ見せて下さい」と手を出した。
「さあさ! どうぞ、全く安いもんですよ」と紳士は如才なくその1〜2本を取ってやった。今1人の客もまた同じように見せてもらった。
「安い……全く上等品ですねえ!」
「これはなかなかどうして安くはないものです、大分よい品です」などと、客は感心して見入るのであった。
 ついには周囲の客全体が若者を取り巻いたのである。

「どうだ君! こうして皆さんも上等だと言ってくださるんだ。1本1円50銭ずつに負けておきたまえ。(そう)すりゃ、僕は30本買ってやる。また皆さんだって何本ずつか買ってくださるだろう。すりゃ君は故郷に大手を振って帰れるじゃないか。手土産の一つも買って、その上、少しの間は遊んでいてもまごつかないですむというもんだ。そうしたまえ!」
 紳士は親切らしく忠告した。
「ええ、じゃお願いします」
「ええっ、1円50銭! それじゃ私も10本ほど分けてもらいましょう。なあに、国に持っていって商売をしても、これくらいの元はじきに儲かる」と、第1に口を出した乗客が言った。
「私にも! 私は国の子供達や、親戚の子供に土産にやりましょう」と、第2に口を出した乗客が言った。

 そこで他の客も安いものには眼の無い客とみえて、我も我もと2本ないし3本、多いのは10本も20本も買う者があって、たちまち若者のトランクは空になった。若者は思わぬ幸運に巡り合ったような表情をして、皆に厚く礼を述べた。

 が、それから半時間も経たないうちに、もうささの若者も、紳士も、それから第1に口を出した客も、第2に口をはさんだ客も、みな車内にはもう姿が見えなかった。
 彼らがどこの駅で下車したか? もちろんそんなことを気をつけている乗客は1人もなかったのである》

 
 もちろん、この万年筆は、おそらくニセモノなわけですな。
 最後に登山姿で薬草本を売る「トザンウチ」の手口。

《登山服、金剛、杖巻ゲートル、採集箱を着用して、
「諸君! 諸君の中で病気に困っている者はないか? もしそういう人がおるならば、

 まず薬草を喰えー!(ここで松葉などをばりばりと喰う)

 毛唐が毛唐の体に合うように作った薬が、どうして、我が天孫民族、大和民族の体に適するか、日本人には古来、幾多の先輩によって研究され、発見された薬草がある。
 この薬草こそ、日本人にぴったりと合う薬だ。
 毛唐の作った薬で治らぬ病気があるならば、迷わずに、まず薬草を喰え」

 と巧みに衆人を感服させ、続いて
「私は御覧の通り、年中、山から山へと歩き回る者ですが、ここへ並べたこの草は……」と薬草、毒草の誕明をなし、最後に、
「私が以上述べましたのは、薬草の大体である。また時間の関係で皆様にご了解のできるまで述べられなかった点もある。
 しかしながら、幸い、今ここに、私と私達一派の者が薬草園を経営致しまして、研究した結果を懇切丁寧に記述したものを持っている。
 もちろん部数に制限がありますので、どなたへでもと申すわけには参りませんが、御希望の方にだけ、実費を以てお頒(あか)ち致します。
 また、こんな難病はいかなる薬草を服用すればよいか、と言うような人のために、常薬草園(実在せず)への問合せ用紙をお添(そ)え致しまして、ただの2円、医師に1回診察してもらっても、これだけの金はとられる。診察料だけで病気が治る。これこそ、我々貧民の福音でなくてなんだ!」

 などと言葉巧みに、小冊子を高価に売りつける》(『隠語構成の様式並其語集』による)

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