論語に次の言葉があります。
子曰く、君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る。
(論語・里仁第四)
君子は物事を処する場合、それが義、すなわち、そのことが正しい事かどうかによって行う。ところが小人はすべてが利になるかどうか、敏感に感じ取り行なう。
ホテル、旅館、百貨店、飲食店等々の食品偽装問題を初め利益がすべて、そのためなら何をしてもよい、という会社があります。
一方、会社の存在は「社会貢献のため」、「利益は社会貢献の度合いを示すもの」という理念を追求するために会社がある、という松下幸之助さんのような経営者もあります。
このことについて穂積重遠さんは「新訳論語」(講談社学術文庫)で、次の話を紹介しています。以下、転載します。
古人が本章について二つの譬を設けている。
「同じ飴でも、賢人の柳下恵が見ると、これは老人を養うによいなと思い、大泥棒の某が見ると、これは錠前をはずすのに役立つなと気がつく」。
「村の長者の倉に米がいっぱい積んである。君子が見ると、これだけあれば飢饉の年にもこの村には餓死人が出まいと思い、小人が見ると、これだけあれば飢饉の年には大もうけできると思う」。
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