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2014年12月30日10:15

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戦後70年・学術ベスト10




「週刊現代・年末年始合併号」より、戦後70年立派だった人ベスト10(財界・政界)です。
学術界です。評者は呉智英氏と山根一眞氏です。

1位―湯川秀樹(1907〜1981)中間子の研究で49年にノーベル物理学賞
敗戦後の日本の、科学立国としての方向性を世界に印象づけた。「今のノーベル賞は実学的な傾向があるが、このころは理論的研究が評価されていました」(呉)

2位―南部陽一郎(1921〜)素粒子物理学の研究で08年にノーベル物理学賞
60年代、自発的対称性の破れの研究で世界的な評価。「専門の科学者ですら、南部先生の講義は難しいと聞いて、『俺に分からなくて当然だ』とホッとしました」(山根)

3位―糸川英夫(1912〜1999)ペンシルロケット、カッパロケットなどの発射に成功。
日本の宇宙開発・ロケット研究分野の礎を築く。「この分野では、現在でも糸川先生の影響力は大きく、03年には、ある小惑星に『イトカワ』の名が付きました」(山根)

4位―今西錦司(1902〜1992)「棲み分け」理論を提唱
生物学の分野で生態学理論や進化論を発展させる。「組織論や他分野にも影響を与えました」(呉)

5位―柳田國男(1875〜1962)51年に文化勲章を授与される
民俗学を一人で作りあげる。「自らの足で丹念に調べ、常民、山人などの概念を生みだしました」(呉)

6位―山中伸弥(1962〜)12年にノーベル賞
「研究能力もさることながら、研究リーダーとしてのプレゼン能力の高さにも注目しています」(山根)

7位―白川静(1910〜2006)古代漢字研究の第一人者
「出身の福井県では、小学校で漢字の成り立ちを説明する白川学を教えているそうです」(山根)

8位―網野善彦(1928〜2004)代表作に「蒙古襲来」など
芸人など中世の漂泊民の世界を研究。「研究の底流には、日本とは何かという問いがありました」(呉)

9位―丸山眞男(1914〜1996)代表作に「日本の思想」など
進歩派として、戦後日本の言論をリード。「我々の学生時代は本棚に著作がないとは恥ずかしかった」(呉)

10位―日野原重明(1911〜)聖路加国際病院名誉院長
「生き方上手」をはじめ人生論を多数執筆。「100歳を超えて現場に出ているのが驚異的」(呉)



日本人に与えた影響という意味で、やはり1位は湯川秀樹でしょう。科学技術のためのハードウエア―が戦争でことごとく破壊されてしまって何もない時代に、紙とペンだけを武器に、日本人で初めてノーベル賞(物理学賞)を受賞した。彼は僕ら世代の少年少女に、「学ぶことの大切さ」を教えてくれた、あこがれの存在です。

湯川さんの存在は、まだ敗戦の失意の中にあった日本人に、「学問の分野で、日本を世界に認めさせることが出来る」と、大きな勇気を与えた。

その流れの中に、やはりノーベル賞受賞者の朝永振一郎さんらがいるわけです、同じくノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎さんも朝永さんの弟子筋です。

私たちの子供時代、湯川さんと並ぶ偉人だったのが国産ロケット開発の父・糸川英夫さんです。糸川さんのロケット開発は、初めは「日本とアメリカを3時間程度で飛ぶ飛行機を作りたい」というところからスタートしている。そこから宇宙にたどり着くのだから、とんでもない発想と想像の翼を持っている。

人文系では民俗学の柳田國男を推したい。様々な市井の人に会い、失われた生活文化を発掘し、そこから日本とは何かを構築していった。

iPS細胞でノーベル賞をとった山中伸弥さんは、不可能といわれていた万能細胞の研究に突破口を開いた。それに国もまともにサポートしてくれなかった時代に、研究資金獲得のためにプレゼンをしながら、研究をやり遂げた情熱、態度はすばらしい。

「日本とは何か」を考える上で網野善彦さんも欠かせないでしょう。
異端の漢字学者、白川静さんは、漢字の研究から考古学の分野まで手を伸ばした多才な方です。
政治学の分野からは、戦後を代表する知識人である丸山眞男を挙げたい。丸山は戦後民主主義思想の指導的ポジションにいた。
日野原重明さんに励まされている人も少なくない。長生きしているのが偉い。100歳を超えて治療の現場にも出るというのが驚異的です。


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