ヨガの語源は「ユジ」であり、結ぶ、握手する、一如となる、統一する、調和する、適合する等の語意が含まれています。
私達は、生きる力が内在し、この働きに外力が一つの働きとして結合(すなわちヨガ)しているから生きているのです。
この内在の生命力をアートマン(真我)、外在の生命力をブラフマン(大我)と呼んでいます。ヨガの目的は、アートマンとブラフマンの完全なる協力一致、すなわち調和状態をつくることです。
調和性維持の働きが生命現象であります。そして不調和性排除の運動が、異
常あるいは苦しみとして受けとめられるわけです。
苦しみから脱却したいというのが、生命本来の働き(神の願い、意志)なのです。ヨガはこの脱苦法であり、他と違うところは一番古く、しかも行じて学ぶということを主旨としているところです。
ヨガは古跡等から出てくる人形や壁画に書いてあるものを見て6,7千年昔から行われていたことを明白です。
シャカをシャカムニ世尊と尊称しますが、このムニの語意がヨガ行者という意味です。念仏門はバクティ―ヨガであり、密教はマントラヨガです。キリストやマホメットの行った断食や瞑想や遊行の出家生活もヨガ行法の一つです。
ヨガは行を中心としているので、他の教派のように経典はありません。ヨガは、全身で行じて人生と生活との真理を哲学したものであると言え、体得の哲学です。
ヨガの先輩たちは体験によって、これが生活の真理であると感じとり、体得したのです。頭で学び知ると同時にそのことを手足で実践して、「ああそうか」と納得――最高の理解――(サマージ)してゆく、知行合一の学び方、これをヨガ行法哲学というのです。
ヨガでは生命を神とみなし、自他のすべてを礼拝の対照としております。また自分にかかわる場面は、すべてのご縁(良い縁も悪く見える縁も)、すべて学びの道場とみなしております。一切の現象を教えとみなしております。自分が救い主であれと主張しております。
沖正弘先生「生活を正す」より。
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