臨済宗円覚寺派・横田南嶺管長のお話です。
・・・「やすらぎ通信・2014年冬号」より・・・
円覚寺の座禅堂には
「人命は呼吸にあり」
という言葉が掲げられています。
私も修行を始めたときに、
「このひと呼吸が生涯最後の呼吸、末期のひと呼吸だと思って息を吐け」
と教えられました。
呼吸は、ふだんの生活の中では意識しないでしょうし、ありがたいとも思わないでしょう。しかし、座禅をすると、自然と呼吸に目を向けるようになります。
そして、座禅にはどんな呼吸法が向いているかなどということではなく、どのような呼吸であろうと呼吸できることがいのちそのものである、ということに気づかされるようになるのです。
在野の宗教家・宮崎童安さんに、
「この息は神仏そのもののいのちである。この息によってこの身は神仏と一つ に結びついている」
という言葉があります。
呼吸することでいのちを実感し、この言葉に深く納得できるならば、呼吸そのものが修行になっているといえるでしょう。呼吸できることをありがたいと思いながら呼吸すること、これこそ人間が最後まで続けられる修行だと思います。
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