以下のネットより中江藤樹の教え。
http://blogs.yahoo.co.jp/komoto1123/folder/764905.html
いかで我 心の月をあらわして
闇にまどえる 人を照らさん
・・・・・中江藤樹
どんな人の心の中にも、ひかり輝く鏡のような「良知」があります。
藤樹先生は、「良知とは私たちの心に秘められた霊宝である」と教えられました。
しかし、この天から与えられた霊宝を自分の心に持っていることに気付かないでいると、簡単に私利私欲によって汚れ、その輝きは汚れの下に隠れてしまい、結果は、人生の闇夜の中でまどい苦しむばかりになります。
まずは自分自身の心の中の霊宝に気づき、それを磨いていった時、その人の人生は光り輝き、人生の闇にまどうことなくなります。さらには、身の周りの同じようにまどえる人々をも照らすことができると、教えられたのです。
では、私たちは、日常生活のなかで、どのように実践していけばよいのでしょうか?
それは簡単に言えば「善い行いを積む」ということです。
もっと言えば、昔から言われる「因果応報」(善いことをすれば善いことが起こり悪いことをすれば悪いことが起こる)ということを、日常生活のなかで、真剣に考えて実践するということだと思います。
藤樹先生は「善悪の報い三十年」と教えられました。
朝に善いことをすれば、夕方に善いことが起こるといった期待をしてはいけないし、ましてや、人に褒められることを期待してはいけない(それは慢心でありよくないこと)。
人が見ていないときこそ善い行いをする(陰徳善事)ことが大切と教えられました。
さらに、孝行についても、以下のように教えられました。
世間家ごとにある常のむくいは、
孝行なる子はかならず孝行なる子をもうけ、
不孝なるものはかならず不孝の子をうみ、
孝行なるよめはかならず孝行なるよめをむかえ、
不孝なるよめはかならず不孝なるよめをめとれり。
【訳】
世間の家々で見られるつねの報いは、
孝行の子はかならず孝行の子どもを得、
不孝の者には不孝の子どもを生み、
孝行の嫁はかならず
孝行の(息子の)嫁をむかえ、
不孝の嫁はかならず
不孝の(息子の)嫁をめとるのである。
(中江藤樹一日一語(致知出版)より)
因果応報については、2〜3年ぐらいの期間でみると、良知を磨き、善い事を毎日実践していようと、私利私欲にまみれて悪事をしようと、その違いの実感が湧かないかもしれません(むしろ悪い奴がのさばっているようにも感じるかもしれません)。
しかし、30年単位で見ていくと、藤樹先生の教えが絶対の真理であることが実感できるのではないでしょうか。
やはり、こつこつ地道に善い事をする方がよいのでしょうね。
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