ストリング・オーケストラをバックに使うだけなら、ポップス・歌謡曲でもやっている。ストリングス・キーボードでも十分だ。
やはりプログレでオーケストラを使うなら、本格的なクラシックの典雅さと、ドラムスやエレクトリック・ギターを含むロックのダイナミズムが、ぶつかりながらうねりをあげるようなサウンドであってほしいと思うのだ。
・ 曲 バンド アルバム
�� Night in white satin（サテンの夜） / Moody Blues [ Days of future passed 1967 UK ]
すべてはここから始まった。ムーディー・ブルースの「サテンの夜」。ロックがオーケストラと共演した初めての作品であり、プログレの出発点でもある。当時、ようやくモノラル録音から、ステレオ録音に移行しつつあった時代であり、レコード会社がステレオ録音の良さをアピールするために企画した。実験なのである。しかし、それだけでなく、ジャスティン・ヘイワードの細い声とドラマチックな展開は、限りなく美しい。６０年代から７０年代末にかけて、３回もヒットした名曲。曲の合間に聴こえるメロトロンとフルートが、オーケストラの部分とも遜色なく対峙している。ロンドン・フィルハーモニック・オーケストラを指揮したのは、ピーター・ナイト。
�� She said / Barclay James Harvest [ Once again 1971 UK ]
バークレイ・ジェームズ・ハーヴェストは、初期において、３６人編成の学生オーケストラとともに公演旅行をしており、ＢＪＨグランド・オーケストラと呼ばれていた。指揮は、後にエ二ドを結成するロバート・ジョン・ゴドフリー。このセカンド・アルバムは、１０曲全部がメロディーがきれいで哀切なので、邦題を付ける人が思わず「ＢＪＨの叙情」としてしまったほど。流麗なオーケストラにハイトーン・ヴォーカルと泣きのギター。シンフォニック・ロックの見本である。曲の途中でリコーダー。しかし、今回の１０選の中では、唯一、メロトロンに完全に置き換えうるようなオーケストラである。実際、５枚めのアルバムからは、ＢＪＨはメロトロンに切り替えて、大成功を収めたのだった。
�� Laughin' tackle / Quatermass [ Quatermass 1970 UK ]
クォーターマスが１枚だけ残したアルバムは、多彩な上に、どの曲をとっても素晴らしい。キーボードのピート・ロビンソンは、王立音楽学院を出てクラシック畑に行くべき人材だった人だ。インストルメンタルのこの曲では、オーケストラとバンドが壮絶なバトルを繰り広げる。キーボード・トリオなのだが、演奏はナイスより完璧。曲調は、ＥＬＰよりシリアス。それをＥＬＰの１年前に完成していたのだから、驚異だ。聴けば聴くほどすごいバンドであり、聴くたびに新しい発見がある。
�� Nature / Stomu Yamashta [ Go 1976 Japan ]
山下ツトムは、クラシックで著名だった打楽器奏者であり、ロック界に参入してきた。ラジオで初めてこの曲を聴いたときの衝撃は、忘れられない。オーボエに始まり、ピアノとストリングスが繰り広げる物語めいた幻想世界。スティーヴィー・ウィンウッドのヴォーカルも憂いに満ちている。「日本の叙情が、ロックで現代風に蘇った」とすら思ったものだ。他にマイケル・シュリーブ、クラウス・シュルツェなどの大物が参加し、ツアーも行って大成功を収めた。
�� A hunting we shall go (etc) (狩りへ行こう） / Caravan [ For girls who grow plump in the night(夜ごとに太る女のために) 1973 UK ]
キャラバンの代表作の一つ、「夜ごとに太る女のために」では、オーケストラとバンドの共演が見られる。まず弦楽器の音と生ギターで始まり、大砲の轟音とともにロックになる。４部構成になっていて、前半には弾きまくりのヴァイオリン、後半には重厚なオーケストラが出てくる。ロックとオーケストラの融合というと、こういったサウンドを指すのではないか。クラシックでもロックでも、表現できない。スピードはロックの産物だし、ゆったりと流れるストリングスにドラムスとブラス隊が絡んで、壮大に展開していく。
�� There is loving〜Among us〜There is loving / Kevin Ayers [ Whatevershebringswesing 1972 UK ]
我らがケヴィン・エヤーズが、まだ前衛だったころのサード・アルバム。現代音楽の作曲家だったデヴィッド・ベッドフォードが前作からケヴィンと組んで、この曲では、クラシック・オーケストレーションを聴かせる。ストリングスにブラスが絡む本格的でみごとなもので、現代音楽風の無調的な部分まである。しかし、ケヴィン・エヤーズの優しい声が聴こえてくると、途端に脱力。ポップで至福なラブ・ソングになるのであった。このソロ・アルバムでは、他にロバート・ワイアット、マイク・オールドフィールド、ディディエ・マラーブ（ゴング）といった、後の巨匠たちが勢揃いしている。
�� Birdman -The reflection / McDonald & Giles [ McDonald & Giles 1970 UK ]
キング・クリムゾンを脱退したイアン・マクドナルドとマイケル・ジャイルズが、自分たちの理想とする優しくて人間的なサウンドを追求した作品。ジャケットは、２人がガールフレンドと一緒に写った写真。全然プログレっぽくないジャケットだが、一方でサウンドは実に幻想的だ。ピアノ、キーボード、男女合唱、そしてブラス隊と、どんどん壮大になっていく。それは同時に、バードマンが高く高くへと登って行く過程なのであって、大空から遠く地上を見晴らす光景がまるで体験できるかのようだ。オーケストラやブラス隊と調和するドラムスもみごと。
�� World's end（世紀末） / Andwella [ World's end（世紀末） 1970 UK ]
アンドウェラは、サイケ・ポップを出自とするバンド。そんなバンドであっても、１９７０年というのは何という時代だったのだろう。オーケストラを使って、壮麗でクラシカルな楽曲を展開している。
ともかく人のやらないことをやるというのが、この時代のムーブメントだったのだ。デヴィッド・ルイスのヴォーカルとメロディー・センスは、アンドウェラの後のソロ作品を含めて、全部好き。メロディーがともかく英国的な陰影と哀愁に満ちていて、ロンドンに立ちこめる霧のように深い。
�� Finale 5th bridge / Nice [ Five bridges 1970 UK ]
ステージで本格的なオーケストラと共演したバンドとしては、ナイスが最初期のバンドではないだろうか。それまでは、レコードで別々に録音したり、ＢＪＨのように学生オーケストラだったりだ。王立音楽学院卒のキース・エマーソンのクラシックへのこだわりが、その後のプログレを導いて行った。ジャジーなドラムス、弾きまくりピアノ、そして途中でブラス・ロック、オルガン・ロックと、様々な演奏が次々に実現する。ＥＬＰの「ピアノ協奏曲」もクラシックそのもので凄いけど、バンドとオーケストラの共演という意味で、こちらを選出した。
�� Gusliar / Pesniary [ Gusliar 1980 Belarussi ]
ベラルーシのペスニアリーは、マイナーな国のマイナーなバンドだが、かつて私はこれほど見事なクラシック・ロックを聴いたことがない。艶やかな弦楽器群に続いて、ベースとドラムスが入り、本格的なクラシックの演奏が繰り広げられる。木管楽器群、男女混声合唱と続き、ロックとクラシックが融合。やがてブラス隊も入る。民族的なメロディーも聴こえる。１曲で３７分。シリアスで、一級の芸術品と言えるだろう。この国で、これほどのものを作り上げたことは、並大抵の苦労ではなかっただろう。おそらくメンバーが人生を懸けるほどのものだったのではないだろうか。
[次点] Io vivo / Banco [ Di terra 1978 Itary ]
イタリアでオーケストラとの共演を１つ何か挙げるとすれば、私はバンコの「ディ・テラ」を挙げたい。バンコのオール・インストルメンタル作品は、２アルバムあり、ジャコモのヴォーカルなしでも、バンコは成り立っている。それもそのはず、バンコのリーダーであり作曲の中心人物は、ヴィットリオ・ノツェンツィだからだ。ただ、バンド名をフルでなく、バンコとだけ名乗っている。やはり違いがあるのだろう。弦、ブラス隊と対峙するドラムスとピアノ。闘争と言うよりは、一つの出口、解決を求めて、疾走するかのようだ。そのうねりのようなものがすごい。あまりメロディーがなくて、無調音楽風のところもあるので、難解とも言われた。 ラストは、平和、和解を感じる大団円。
[番外] Atom heart mother / Pink Floyd [ Atom heart mother 1970 UK ]
ピンク・フロイドの「原子心母」は、１位にしようかと思ったが、厳密にはオーケストラではない。バイクの爆音、ブラス隊、そして、チェロの独奏、男女混成合唱隊。現代音楽の作曲家だったロン・ギーシンの手腕によるところが大きい。ロン・ギーシン抜きのライブでは、ブラス、チェロ、合唱隊なしで質素に演奏していたが、そんなの「原子心母」じゃない。ロジャー・ウォーターズは、あまりにギーシン色が強いため、本作を嫌っていたという。「ピンク・フロイドの道は、プログレッシブ・ロックの道なり」と書いたＬＰレコードの帯を、私は今も持っている。
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