第二章.3
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第三章【狙われた女】
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「おいおいおい、お前ら何やってんだよ」
まだ朝の早い時間で、宿直の刑事のみがぱらぱらと残る組対五課の部屋にて、今日は何かあるのか、いつもよりも早く出勤してきたあの暢気な声が部屋に入ってくるなり呆れたような声を上げた。
「あ!角田課長、おはようございます・・・」
そして組対五課の長ソファーで、布団をすっぽり被りながら寝ていた尊がむくりと目を覚まし、あくびで口が開きそうなのを我慢しながら角田に挨拶をする。
「あんたら泊まりだったのか?」
「いえ、僕は一旦帰りました。だからシャツが昨日とは違うでしょ?」
「それで寝癖がついてちゃ一旦帰った意味もないと思うけどね」
そういたずらっぽく言われて、ぴょこっと立った横の髪を慌てて押さえる。
そして伊丹と芹沢は、それぞれ空いている長ソファーで、長身の伊丹は脚を投げ出して布団の中にもぐりこんでいる。
三浦は捜査一課の仮眠室にて睡眠をとっている。
「で、何でここに伊丹と芹沢がいるわけ?」
「部長命令らしいです」
「部長命令?」
「幸子さんが僕を人質に取らないか注意のために、僕に見張りをつけたそうです」
「あんたに見張りってつまりは監視のことだろ?普通逆だろ」
「ね?不思議でしょう?」
そう言って苦笑いのように顔を幼くさせる。
「それよりあんたのそれ、早く直してきた方が良いよ」と、角田に指摘され尊は気づいたようにぴょこっと立った髪を押さえたまま、部屋から出て行った。
彼らのちょうど真ん中あたりにある大木と小松のデスクのある列の机の上には、尊のスマートフォンが置かれている。
月本幸子に何かあった時、尊に電話が入るという意味なのだろうか?と、角田は察した。
しばらくして髪を直して、また歯を磨いて顔でも洗ってきたのか、何だかさっぱりとした尊が戻ってくると、デスクに置かれた尊のスマートフォンが音を立てた。
そしてそれに反応したように、伊丹と芹沢が眠っていたソファーから、がばりと布団を跳ねのけて起き上がる。
「あ!おはようございます。伊丹さん芹沢さん」
さすが捜査一課の刑事とあり、あまりの反応の早さに尊が思わず今の状況には素っ頓狂な返事をすると、それを無視して伊丹が叫ぶ。
「そんなことよりさっさと出ろ!誰からだ!」
「あ!えっと、幸子さんですね」
そう答えると、「はい、神戸です」と、電話の向こうの相手に向けて答えた。
すると、電話の向こうの幸子は怯えたような小さな声で彼に答えた。
『ああ、神戸さん早く来てください。私、何者かにつけられています。とうとうすぐそばまでつけてきたみたいです・・・』
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そしてしばらくして到着した尊は、あらかじめ指定された間宮家の裏口に回ると、曇りガラスのはまったそれに「神戸です」と言ってノックする。
その音に反応した幸子は、すぐそこにいたのか怯えながら尊の姿を確認し、はたから見ればかえって怪しまれるのでは?と、思うほどにそっと音を立てずにドアを開けた。
「幸子さん、今その人影は?」
と、尋ねると、彼女は黙ったまま彼を家の中に入れ、彼の後ろに回ったまま道側の窓まで案内する。
どうやら今日も先代社長と瑞樹はお出かけで、若社長は当に会社に出向いており、家の中には幸子しかいない。広い家に女性一人。確かに犯罪をしようとする者であれば、絶好の機会なのかもしれない。
そして彼女はつけてきた人影がいたという塀の陰を尊の陰に隠れながら指差した。
が、この手のものによくあるように、当然ながらその影は消えている。
「やっぱり、もうここにはいないみたいですね。そのつけてきた人と言うのは、どのような姿だったか覚えていますか?」
「まじまじとは見ていませんが、同じ人だったような気がします」
「確かに、こうした時はあまりきちんとは見れないものですが、同じ人と言う事は何か印象に残っていませんか?印象に残っているものの方が犯人を特定しやすいので」
そう言われ、幸子はそばにあった椅子に座り落ち着こうとするが、どうもその特徴を言葉で整理できずにいる。
仕方が無いので「紙と筆記用具ありませんか?」と、幸子に尋ねた。一旦絵に描き起こして、それを描き直そうという戦法である。
実は尊は絵が上手い。
特に似顔絵に関しては対象の人間の身体的特徴を読み取り、その記憶をそのまま絵にすることが出来る。
特命係になんていないで似顔絵捜査官にでもなれば?とも思うかもしれないが、彼には今のところその気はないらしい。確かに、鑑識作業の手伝いで『損傷遺体の生前の姿の描き起こし』などが来たら、仕事にならないのは明白である。
そして幸子がパソコンの印刷用なのか、持ってきた数枚のコピー用紙の一枚に、鉛筆で大雑把に人の顔を描いていく。
「こんな感じなんですが。大丈夫なんですか?」
と、差し出したそれは、確かにお世辞にもあまり上手いとはいえない人の顔であった。
「大丈夫です。ただ、確かに特徴のみしか覚えていないようなので、顔の再現までは出来ませんけど、特徴さえ覚えていれば」
そう言って尊は薄く引かれた鉛筆の線を少しライトな感じにして濃くなぞる。ここで目鼻を入れた脚色は禁物である。目鼻と言うのは重大な情報となってしまう。
そのため、犯行の目撃者を尋ねる配布物の絵の人物が目撃証言以外全く特徴のない人物に描かれるのはそのためなのだ。
そして左頬に複数のほくろと、ぼさぼさ頭の顔を描いた『幸子をつけてきている』と言うその男の絵を、スマートフォンでパシャリと撮ると、誰かに向けてメールを送る。
「今、何をやったんですか?」
と、幸子が不安げに聞いてくるので、尊は「外にいる伊丹さんたちにこの絵を添付してメールを送りました。この特徴と一致する男性がいたら連絡してもらいます」と、答えた。
すると何故か幸子は「ああ!!もう最悪!」と声を上げる。
「伊丹さんたちもいるなら、何で先に言ってくれないんですか!!」
と、食って掛かる。
「それだったらもっと丁寧に描いておけば良かった・・・」
と、両手で顔を覆い床にしゃがみこむと「ほんっと、私ってついてない」と、いつもの口癖をつぶやいたのだった。
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第三章.2
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