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2012年12月17日02:13

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神戸尊の事件簿.2 『TIGER&BUNNY』 最終章 『Joy To The World』.7

最終章.6
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                          ▽

「亀山先輩ーー!!良かったっすーー無事だったんすね!」

よたよたと尊とともにマンションから出てきた薫を見つけた芹沢が、思わず声を上げて駆け寄って来る。
そしてそれに続き、伊丹や7係の刑事たちが2人の元へ寄ると、薫はそのまま救急車の影へと導かれていく。
車列の陰になり薫は顔を撮られる事は無いが、警官隊を配置した広場から出た、道の先の曲がり角の立ち番の警官の先では、今回の事件のスクープに出遅れた仕返しにとばかりに、パシャパシャとフラッシュが焚かれている。

その矛先はもちろん、主犯のオバラらこの部屋にたむろしていた連中へである。

そして「警部補殿、お疲れ様です」と、捜査一課7係の刑事たちから労いの言葉がかかる中、尊のスマートフォンが鳴った。
電話の相手は角田である。

『よお、ご苦労さん。どうやらそちらも終わったようじゃない』

「こちらこそ、協力してくださってありがとうございます」

その言葉に、角田は「いいのいいの」と笑う。

角田たち組織犯罪対策第五課は、オバラ・シュウが、小原学が杉並地域NPO名義で所有していた物件のうち、ロム・チアムオイの遺体を詰めた箱をイベント会場に運ぶ依頼先の物件へ、脱法ドラッグの倉庫になっている。として、強制家宅捜索に入っていた。
つまり、尊はマスコミ払いに角田たちの家宅捜索を利用したのである。
その際、マンションの住人はマンション裏にある集会所に避難していたため、表から見られる事もなく誘導する事に成功し、向こうも証言やメモによって、自称『ユーカリ』の葉っぱが大量に出てきており、補充しに来ていた連中が立て籠った事で、結局こちらと似たような状況が生まれたようだった。

人質救出は画的にはマスコミ受けが良いが、同時に人質への配慮と言う批判の種と言うリスクも背負うため、最近ではどちらを取るか。と、言われたら違う方を取るようだ。
そして、穂坂を拉致未遂する際についた、指紋と同じ人物であることが先ほど分かったばかりだった。
ロム・チアムオイ殺害の実行犯については、運河の底から見つかった携帯電話のメールを修復した事と、その時間帯の近隣の目撃証言の一致を見たからであった。
そして今回も、全て正規の方法を取っての作戦であり、結果的に人質が薫だけでなくマンション住民と言う大人数になる事で、内村部長もぐうの音も出す事が出来なかったと言う訳だ。

「まったく本当に、警部補殿はよくやるよな」

角田からの電話を終えた後、待っていましたとばかりに7係の刑事たちは尊を抱え込んで、髪をぐしゃぐしゃに撫でまわしている。
尊の背は平均より少し高いはずなのだが、刑事たちの中に入ると途端に小柄に見えてくるのが何だか可愛らしい。
そして、相変わらずSITの吉岡はオバラらを刑事たちに引き渡すと、苦虫を噛み潰しながらそれを見ていた。

「亀!舞い戻ったと思ったらまた余計な真似しやがって」

救急車の陰に座っていた薫に、伊丹は彼が旅立つ前のように素直ではない言葉を掛けた。

「はん、俺がいなくなっても結局お前ら特命がいねえと何にも出来ねえんじゃねえか」

「うるせえ!相変わらず減らず口だけは達者だな」

そういつもの挨拶を掛けた後、薫はぽつりと言葉を加えた。

「お前ら変わったな」

「あん?」

「初めは何でお前とあいつが組んでいるのか分からなかった」

「そりゃ警部補殿はお前とは違うからな」

「ふん、貴様の事だ、どうせあいつに助けられたんだろ。ああみっともねぇ」

図星だ。直接的ではないにしろ、尊には今まで何度も助けられている。
そしてそれは薫にとっても、伊丹が常に尊に対して口にする『警部補殿』と言う言葉が、右京は彼らにとっては頂点ではない事を示すようで少し胸が痛んだ。

「あいつは右京さんが出来なかった事を、やってのけてんだな」

その言葉に伊丹は「うえ」と、言う声を吐き出した。

「亀のくせに何しおらしい事言ってるんだよ。ってか何で椅子に手錠で拘束されたまま暴れて負傷してんだよ。バカか!あ!バカだったな。バーカ、バーカ」

「うっせえ、誰のお陰で1人減ったと思ってんだ!」

「ははん、貴様だって警部補殿がいなけりゃ何も出来なかったくせに、いい気になってんじゃねえや」

そしてその言葉を合図に、薫は暴れたせいで負傷しているにも関わらず、がばっと立ち上がり、かつて当たり前のようにあった伊丹とのどつきあいを始めた。

「んだとこらあ!伊丹のくせに生意気なんだよ」

「それはこっちのセリフだ、この一般人」

そう言いながら取っ組み合い。と言うよりもじゃれ合いを始めるが、また始まったと周りの刑事たちは気にもとめない。
しかしその様子を初めて見る尊の反応は違っていた。

「もう!2人ともいい加減にしてください!!」

尊の叫び声に、さすがの伊丹も薫もしんとなる。そして彼はぐっと両手の拳を握りしめながら、何かを耐えているかのように瞼を伏せていた。
彼の事をよく知る伊丹を含め、彼以外の刑事もこれには嫌な予感が湧き上がっていた。

『伊丹さんと顔を合わせると、怪我人のはずの亀山さんは何故もこう元気になるのか。やっぱり僕は至らないんだ。この人たちには・・・』
案の定尊はまた一人で、薫から感じ取っていた『杉下右京の影』を抱え込んでいた。
そう思うと、ポロポロと勝手に涙が溢れてくる。
泣きたくはない。泣きたくはないのに・・・。

「か!神戸警部補?!」

その様子に、隣にいた芹沢はオロオロとし、伊丹は「あーあ」と大きく口を開け「泣かせやがったなこの野郎!」と、また薫に八つ当たりを始める。

『泣いた?!』

しかし芹沢や伊丹以上に戸惑っているのは、かえってここ数日近くで彼を見てきた薫の方だった。
口うるさくて、お節介で、理屈っぽくて、なのに妙に子供っぽくて、頭だけはやたらと良くて、どう言う訳かやたらと強くて、なのに何だか頼りなくて。
その尊が泣いた?

そして薫は、あの運河の歩道で米沢が口にした言葉を思い出していた。
『神戸警部補は、真面目すぎて優しすぎますからな・・・』

そうか。そう言う事なのか。
単に気が利くのではない。尊は、人の心の中にある深い部分を敏感に感じ取ってしまう。
それは死者であろうと、その周りにいる今生きている者たちであろうと、特に変わることはない。
そしてそれこそが、右京にとって完全に欠落した部分でもあり、それこそが尊の強さの源でもあった。

『本当に天才なんだこの人は』

そして、薫は彼にまだ重要な事を口にしていなかった事に気づく。

「尊、ありがとな」

その短い言葉に、再び辺りはしんとなり、今度は薫に視線が集まっている。
そして伊丹が「てめえいつからそんな馴れ馴れしく」と、口にしたところで、尊は涙を流したままぱっと顔を上げて少し微笑んだ。

「でも、良かったです。無事で・・・」

「あ、ああ・・・」

「だから無茶はしないでくださいって言ったんです。一般人なんですから。一般人を守るのは、僕たち警察官の仕事です」

「わりい・・・」

当然の事ながら、そこにいた伊丹は「悪いと思うなら初めからするな!バーカ」と、吐きつけるが、薫は一瞬だけむすっとした顔を向けると、そばに寄った尊にぽつりとつぶやいた。

「なあ、尊」

「何ですか?」

「伊丹はこんな奴だけどさ、あんたを認めているのよく分かるよ。素直じゃねえから伝わらねえんだけどな」

何度も人から陰では言われているものの、思わず飛び出したその言葉に、伊丹の顔がみるみると赤くなっていく。
そして周りからそれを見られないように、ぷいっとそっぽを向いた。

「うるせえ!てめえなんざさっさと救急車で運ばれろ」

そして尊はそれを見ながら、涙でくしゃくしゃになった笑顔を見せながら、薫に答えた。

「そうですね」

                          ▽

あのようなパーティーにいたのだから当然、薫自身も毒ガスを吸っている可能性があるため、運び込まれた病院にて。
マンションの廊下でSITに捕まった実行犯や、パーティーの参加していた者たちは、点滴でベッドに拘束されるような形で、現在は簡単な聞き取りを受けるような形となっている。
本格的な聴取はその後になるだろう。

この事件の根幹に利用された吉野が提供してくれた数々の写真やメールの内容は、被害者ロム・チアムオイの携帯電話と合わせ、殺人の実行の証拠品として十分なものであり、『完全黙秘を続ける』と、彼らは宣言したものの、それも無意味のような状態になっていた。
これから彼らが考えるであろう事は、毒ガスによる酩酊状態であり、責任能力に持ち込む気であろうが。
あらかじめ箱を注文しているところや、死体を遺棄する際の潮位の時間帯を見てでの犯行や、センサーカメラを避けているなどの計画性から、それは通用しないことは明白であった。

そして事情聴取はもちろん、オバラや殺害の実行犯だけでなく、拘束されていた薫にも行われる事になる。
とりあえずここでは被害者の形となる薫は、隔離された個室に通される事になった。

「俺、別になんともねぇんだけど」

と、薫は病院のベッドの上で点滴を打たれながらぶうたれた。

確かにオバラたちの部屋では、病院型のベッドで先ほどまで拘束されていたのだから、快く思うわけでもなく。
しかし、久々の母国で初めて見る後輩である神戸尊と過ごした10日間を思うと、今度はサルウィン側の実態解明のためにそのままサルウィンへ戻るのも、さすがに今は名残惜しさが沸き上がっており、かえってこうした形になったのも、ありがたくも思っていた。
今度はようやく、互いに気を遣わずにゆっくりと話が出来るのだから。

そして隣には、やっと本来命じられた任務についた尊がいる。

「何言っているんですか、あんな部屋に監禁されていたのですから検査入院は当然です。事情聴取もありますし、暴れて捻挫なんて事にもなっているんですから」

そう言って、まるで彫刻のように白くてあまりにも整い過ぎている、中性的な顔に笑みを向ける。
その尊の言葉が、今は染み渡るように嬉しい。
白くて細くて頼りなさげでぱっと見女みたいだけど、優しくて実は強くてかなり男らしい。
後ろの方は数日前には無かったイメージだ。
女性のようなつるりとした頸の上にこの顔なのに、声も出さないで一発で男と分かる時点で、中身は男らしいと言うのは考えてみれば分かる事だが。

「こんな特命係もあるんだな・・・」

「あるんですよ」

そしてあの人懐っこい笑みを向ける。
するとトントンとドアがノックされ、大きな引き戸式の病室のドアが開いた。

「くおら、何楽しそうにくっちゃべってるんだ」

「もーー。亀山さんは現在事情聴取が出来る状態にはありませんけど」

と、相変わらずの口調でぬっと顔を出す伊丹に、尊は立ち上がって目の前で制した。

「だけどお喋りは出来るんですか?」

「お喋りの方が、聴取出来る事もありますよ。監禁された理由は結構恥ずかしいですし」

その言葉に、薫は「ひいっ」と言う声を上げた。そしてそれを見ながら伊丹はにやりと笑みを向け、芹沢がくすくすと笑う。

「亀山先輩本当に相変わらずっすね」

「ねえ、亀山先輩って前からこんなんだったの?」

「これでも杉下警部にしごかれて、だいぶしっかりしたんすよ」

「そうなの?」

と、そして芹沢と尊の会話に、薫はギランとした視線を向ける。
「お前らうるせーぞ!」とは言ったものの、しかし伊丹もそうだが芹沢のやつも、尊とこんなに仲が良かったのか?と、歳月の流れを薫はまたしんみりと実感する事になった。

日付は既に23日に変わろうとしている。今日は警視庁どころか、霞ヶ関周辺も皇居周辺の警戒警備などで大変だろう。
そう考えると、ますますてんわやんわになるから、かえって入院して正解か?と楽観視してみる。

「じゃあ、今日はもう遅いですから。きちんと休んで下さい」

尊のその言葉に、そこにいた芹沢や伊丹も「じゃあな」と、手を振り病室から出ていく。
が、尊は本来薫の警護であるから、ふと疑問も沸いた。

「あれ?尊はどうするんだ?」

「僕もここに泊まりますが、今から着替えを取りに行きます」

そう言い残して尊は病室から伊丹と共に外に出るが、実のところ彼らから今一番訊きたい事があった。

「あの、あの香水の成分で、人が不快になる臭いって何だったんですか?亀山さんは何とも無かったようですが・・・」

と、小声で前を行く2人に訊いてみる。
すると、芹沢と伊丹は顔を見合わせ彼に耳打ちをする。

「あの・・・。化学物質にネコ科の猛獣の尿と、人の汗の成分を濃縮したものだそうです」

つまり、まさに熱帯の未開の地のにおいだった。

                           ▽

最終章.8に続く
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