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2012年12月08日00:18

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神戸尊の事件簿.2 『TIGER&BUNNY』 最終章 『Joy To The World』.2

最終章.1
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                           ▽

彼が言うには、前に一時期流行った『○○バンド』のようなものをやりたい。と、言うことだった。
しかしシリコン製のバンドでは意味がないので、サルウィンとエルドヴィアにしかないものを世界中に広めたい。
だから、自分からその地を踏んで、自分からまずそれを乗り出さなければならない。
と。

確かにその精神は素晴らしいものだ。だから、彼はオバラの変貌ぶりにことごとく驚きを隠せないでいた。
『サルウィンとエルドヴィアにしかないもの』と、言うのは。

「もしかして、麻薬ですか?」

「ん・・・。まだそうと決まった訳ではないけど。心当たりがあるの?」

「あの国で産業になりそうな知られていないものって言ったら、植物くらいかな?と、思って・・・」

と、流石に現地に留まっていただけあって鋭い。
そう考えると、もしやあのバラの香りはエルドヴィアのものではないだろうか?
それと同時に尊の胸の中に嫌な予感が疼きはじめたのは、確かだった。
『もしかしたら、あのバラの香りはバラのものではないかもしれない』
確かにローズゼラニウムのように、バラの香りの成分を発するものは存在するのだし、エノキダケとイチゴジャムのように、似ても似つかないものが全く同じ香りの成分を持つ事もあるのである。

そう言えば、あの香りの第一印象は米沢も尊もおかしかった。
何故ことごとく、男性を誘惑に誘う香りとしての印象を持ってしまったのか。
冷静になって考えてみれば、自分たちの身にも、微々たる異変が起きていたのだ。
まるで毒に犯されたかのように・・・。

「角田課長、バラと分かる香りのついた南米からの脱法ドラッグや脱法ハーブって存在しますか?」

と、伊丹たちと共に知り得た関係者の聞き込みを終えて警視庁に戻るなり、尊は隣の課の課長にそんな質問を投げ掛けた。

「ん?何よそれ?亀ちゃんの事件絡み?」

「ええ、もしかしたらそれに絡む殺人事件の根本原因はそれなんじゃないかと思って・・・」

「まったく相変わらずだねぇ、亀ちゃんは」

と、ぶつぶつと呆れたように返すと、隣接する組対五課の資料部屋にてしばらくファイルを眺めていたと思うと、「これだこれだ」とうなずき、パラパラとめくりながら尊の目の前の机に開いた。

「まだ確認は出来ていないんだけどね?チンピラみたいな連中が、怪しげな香水瓶から液体を紙に染み込ませて焼いたものを嗅いでは騒いでいたって通報があったのが、3ヶ月ほど前だ」

「って事は毒ガス・・・」

「あん?」

その通報場所をじっと見つめながらそう尊が呟き、角田が素っ頓狂な声を上げた時、米沢が組対五課の部屋に駆け込んでくると、尊の姿に焦った様子でまくし立てる。

「神戸警部補。やはりあの植物はユーカリではない、日本ではまだ知られていない植物だそうで、これから中毒性の成分が含まれるか詳しく調べるそうです」

「やっぱり・・・」

その様子に、ここでは1人取り残されている角田は「何よそれ」と、その中に入ろうとしている。
が、その隙を与えず尊は言葉を続ける。

「あと米沢さん、亀山さんがもらってきた名刺と昨日押収した香水の成分の中に、中毒性のものに近いものがあるか詳しく調べていただけませんか?」

「構いませんが、何故?」

「もしかしたら、可能性として、それらが混じって幻覚作用が向上するのかもしれません」

                            ▽

「その怪しげなバラの香りの香水が、エルドヴィアと関係するかどうか分からないけどね」
と、尊が米沢に化学式レベルの詳しい香りの成分の解析について頼んだあと、話の内容を聞いて悟ったのか角田はそう尊に切り出した。

「あんた、南米チリで狂信的な反共主義者の政権があった事を知ってるかい?」

「すみません、知らないです・・・」

「まあ、あんたの歳じゃそうだろうね。つまり、その反発で反米勢力が南米で台頭しはじめたきっかけって言うのかな?エルドヴィアもその影響をモロに受けたんだな」

「ああ、だから反米ゲリラですか」

「そのゲリラの拷問の中で、植物を燻した部屋の中で、一切の欲求を廃して閉じ込めると言うものがあるらしくてね?いや、詳しくは分からないけどね?そう言う情報があるものだから」

「つまりその中で、結果実験が行われていたような形になったって事ですか?」

「そう言う事だろうね」

と、角田は何とも曖昧な答えを返した。
確かに、オバラはエルドヴィアにて支援活動を行っていたのだから、そうした拷問を受けた人間の話を聞く機会もあっただろう。そして、それを参考にしたとしてもおかしくはない。
ひょっとしたら、『東京ビッグシティマラソン事件』において、反米テロリストの行う報復や復讐としての、殺害方法を被疑者の木佐原と塩谷に伝授したとしても時期的にあっているし、ボランティア活動をしている手前、彼らに接触する事も容易いだろう。
おそらくロム・チアムオイを殺害、遺棄した実行犯も、こうして集めたのだと思われる。
が、それはまだ単なる憶測に過ぎない。とにかくそれらは、オバラの口から出るか出ないかの問題であるのだ。

そして、亀山薫救出の手段になるであろう香水やユーカリに似た植物の成分の結果が出るのは、一刻を争うために、だいたい目安として明日の昼頃、早くとも朝になってしまう。
薫も元刑事であり、今は井戸堀りなど肉体労働をしているので、体力の面に関しては心配する事は無いだろう。
とりあえず、荷物が届く予定であった24日までは監禁と言う形ではなく、普通にホテルに宿泊しているような感覚でもてなすであろう。

問題はその場合どのようにして彼らに気付かれる事なく、警官隊を近づけるか。だ。
籠城戦となると、野次馬感覚で集まったマスコミらに警官隊の位置まで知らされてしまう。
実際、人質よりもマスコミの反応を気にするあまり、撃たれた人質を放置し、救出の際に隙をついた犯人より救出部隊の1人が銃弾によって倒れる。と言う悲劇も起きている。

そしてふと、尊の中に閃くものがあった。

「先ほどの、騒いでいた若者の通報ですが、初めは生活安全部生活安全対策係に回されたんじゃありませんか?」

「まあ、この手のものだからね。初めのうちはそうだよ。そして念のためにうちに回されて、エルドヴィアに似たようなもんがある。と、知らされたのもついこの間の事だ」

「もしかしたら、この『一期一会』の近くで、クラブのようなものが行われているのかも」

「ああ、確かに月に数度、やかましい時があるって通報はあったようだ」

「明日は、天皇誕生日の前日ですよね?もしかしたら明日の夜にも同じようなものがあるかも。23日や24日では苦情が更に多くなるでしょうし」

『脱法ドラッグ=クラブ』とは、何とも安直な発想であるような気も尊はしたが、それが実際に行われているならば。
そしてその言葉に、角田は彼が何を思いついたのか悟ったようで、眉をぴくりと上げる。
しかし問題は、それを受け入れるだけの器量が彼らにあるか。で、ある。

                           ▽

「もろびとこぞりて 迎えまつれ 久しく待ちにし 主は来ませり」

オバラの呟くその言葉には、聞き覚えがあった。
そうだ、小学校のクリスマス会の出し物で、歌った事があったっけ?
しかし意味は分からない。もしここに尊がいたら「それくらい分からないんですか?」とか言われそうであるが、分からないものは分からないのだから仕方がない。

「“Joy To The World”これを“諸人”多くの人が待ちわびて迎える。と、言う意味に訳したセンスは、私が思うよりもずっと戦後すぐの人は、今より国際感覚に秀でていたのだと思いますよ」

「何が言いたいんだよ!」

「つまり、住みにくい世の中になったな。と、言うことです」

「住みにくい世の中?そりゃ、お前ら犯罪者が住みにくい世の中でないと、普通の人が住みにくくなるからに決まってるだろ」

しかし、薫の言葉にオバラは鼻をならして笑う。
はたから考えれば、今はむしろ犯罪者の方が優遇されているように見られがちであるが、実は。
そう考えると、彼らが人権だ何だうるさいのも、何となく分かるような気もしないでもない。

外は4時前だと言うのにすっかり日が沈む前の赴きである。
考えてみれば、明日12月22日は冬至であった。もちろんそれがすぐに出てくるという訳ではないが、大概冬至と言えば21日か22日だ。
そう言えば、あいつのせいで東京に帰ってきたと言うのに、東京の名所には全くと言って良いほど行けていない。まあ、断ったのは自分だからなのだが・・・。
こんな事になるなら、あんなに神経質にならなくとも、人質になるときはこのように人質になるものだ。

そして、薫をつれてきた柾木ユリアとここにたむろしていた若者たちは、「ここにいても何もすることがないから、じゃあまた明日」と、早々に引き上げており、残ったのは『モヤシ』と呼ばれた20代と思われる男とオバラしかいない。
座らせられたテーブルには、未だサルウィンからの正規のふりをして仕入れられた宝石の入っているであろうジュラルミンケースが鎮座している。
そしてさすが、女性がここにいたら後で色々難癖をつけられる口実を作ってしまうから、見張りくらいしか留まらせないのか。

「しかしどうやら、連れの本物の刑事さんの神戸さんはまだ、私に手錠をかける手立てを見つけられていないようですね」

と、次にオバラは窓の外を眺めながらぼそりとつぶやいた。
それはもちろん薫にも見当がついていたことで、今日は自分はここに泊まる事になることになる覚悟はあった。まあ、少なくとも「クリスマスイブまで」と、言っているのだから、それまでに何かしら動きがあれば、自分はオバラの言葉の通り傷つけられる事はなく助けられるだろう。
そしてその後があるとしたら、何かの要求の後に自分は殺される事になる。
まあ、それが通常のパターンであるが、しかしここまで何もなしに活動できた事を考えると、若しくは開放される時まで自分は徹底的に優遇されて開放される可能性もある。「あのような人が、罪を犯すはずがない」と。
しかしこうした犯罪者が、一番恐ろしい事くらいは元刑事である以上薫も分かっている。

「まあ、あいつはどうせ俺の後輩だからね」

「ほう。と、言う事はあなたよりも劣ると?だとしたらあなたをここに留めておいて正解。と、言う事ですね?」

「へへへ。そう言うことになるかね?」

そう薫はしたり顔を向けるが、オバラは小声で「んなわけねーだろうが。ばーーーか」と、吐き捨てた。
倉庫街で尊を刺すように視線を向けた印象のとおり、先ほどまでは自信満々に語っていたが。実は思いの外、オバラは薫をここに連れてきたことがストレスになっているようだった。
だとしたら尊には失礼だが、無能のように言い聞かせれば良いかな?と、思ったが、あ!でもその前に無能じゃないって言ってしまっているし。しまった軽々しく啖呵切るんじゃなかった。
と、自分なりに時間稼ぎの作戦を考えるが、ことごとくそれは『NO』を自分から突きつけており、結局ボツに終わる。

そう言えば、ここからはカーテンを開けていると遠くに見えるビルの壁に、明かりで設えられたクリスマスツリーや、LED電球に巻かれた並木の木々などが家並みやビルの間から見え隠れする。
そして、634mもの高さがあると言う、東京タワーに代わる電波塔となるスカイツリーとやらの影も。
見かけた時からいわゆる近未来的な細くて無期質な銀色で、ただ単に「えらく高い塔だな」としか印象が無かったが、改めてまっすぐに見えるのを見ると、人間と言うものは天に近い高いものに憧れる。と、言うのが分かるような気がする。
それは、クリスマスツリーも然りか。

そう思いながら、薫はふとしたアイデアを思いついた。
こちらが何をしても手を出さないのであれば、こちらから色々要求を突きつけてしまうのもいわば手だ。
せっかくのクリスマスなのだ、そこを潰されてまで、大人しく人質らしい人質になってたまるか。

「あんた初めに俺には悪いようにはしないって、言ったよな?」

「ええ、言いましたが?」

「だとしたら、晩飯はどんなに豪勢なもんが出てくるのかね?サルウィンにいたからって、どうせ不味いもんしか食ってないと思っていい加減なもん出すんじゃねえぞ。差別主義者って訴えてやるからな」

                            ▽

最終章.3に続く
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