第六章.6
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最終章
【Joy To The World】
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プライベートではなく、「一緒に行きますか?」なんて言われて、断るのも変なので、今回は伊丹が尊の愛車であるGT-Rを運転し、尊が助手席と言う非常に珍しい形になった。
「俺の車なんですから俺が運転しますよ」
と、尊は言ったものの。
「今は勤務中です。目上のあんたに運転させられますか」
と、伊丹らしい頑固さに圧された。と言う形なのである。
そこまで堅実でなくても良いと思うのだが、それが彼らしいと言えば彼らしい。
『彼らしい』と、言えば、ちゃっかりしっかりこの前この助手席に乗っていた芹沢も、いかにもお調子者の彼らしい。
尊の案内で、先日来たばかりの吉川雅樹のアトリエにやって来ると、彼も黒のGT-Rと言うこともあって、すぐに尊だと気づいたようだった。
いちいち目立つんだよこいつは。と、伊丹は舌打ちしたいような気分ではあったが、ついてくると言ってしまった手前今更後には引けなかった。
「あれ?神戸さん、どうしたんですか?それにこの前の刑事さんまで連れて」
と、扉を開いた雅樹は野塙菫の事件の際に事情聴取した、尊よりも年上であろう鬼の形相の長身の刑事をちらりと見ると、そそくさと目線を尊に戻した。
どうやら雅樹もクリスマス間近で仕事も一段落ついたらしい。
「ねえ、24日の配達分はもう出しちゃった?」
「いえ、まだこれからですが」
と、何が何だか分からないように目を泳がせながら雅樹は首を傾げる。
「良かった。これから配送する作品の中からいくつか預からせて欲しいんだけど」
「え?!何?どう言う事ですか?」
目の前の尊と伊丹が刑事だと言うことを知っているだけに、当然の事ながら雅樹は顔を一気に青ざめさせる。
「いえ、お宅が事件に関与しているのではなく、依頼人が事件の証拠を隠すためにお宅に作品を発注した可能性が高いんです」
「つまり、今度も君が、奴らに利用されているって事なんだ。君、作品を作る際に依頼者からの材料も受け付けていたよね?その中に、ボランティア団体からフリースペースへ依頼して来たところがあるはずなんだけど」
と、伊丹の言葉の後に尊が続けると、雅樹は何も言えずガタガタと足下を震わせる。
殺人犯はこいつだと言う大量の掲示板への書き込みと、偽サイトの誘導だけでは今更誰も信じない。と、言う事なのだろう。
オバラが彼に目をつけた本当の理由は佐野恵美のカモフラージュではなく、これだったのだ。
「刑事さん・・・オレ・・・」
「大丈夫。君が持たされているそれで、そいつらを捕まえる事が出来るから」
腰が抜けるようにその場にへたりこむ雅樹の腕を支えて近くにある椅子に座らせた尊は、オバラ名義ではないが結果として彼らのアジトの役割として存在する『一期一会』への荷物を開けた。
「この中に・・・」
伊丹が低く唸る視線の先には、丁寧に梱包された紫陽花型に象られた、クリスマスツリーのような50cmほどの立方の、ドライフラワーと日持ちする生花が組み合わされた作品が入っていた。
そしてそれが合計7つ。
「警部補殿、これに使われている植物の種類分かりますか?」
「だいたいは・・・」
この前の事件で植物の種類を叩き込んだとはいえ、それはもちろん完璧ではない。
雅樹から依頼者から預かり使用した花材を教えてもらい、一つ一つ確認していく。
『ホワイト・チャーム』名義で『一期一会』への依頼として雅樹に渡されたのは、大量のドライフラワーであったと言う。
そして、リストの中から気になる植物を見つけ出した。
「ユーカリ?」
ユーカリは鼻炎用の炎症止めの香り付けにも使われているように、身近な薬草であり、アロマテラピーでもお馴染みである。
が、その種類は世界に少なくとも500種類存在し、変種も含めれば膨大な数になり、種類によって葉の形も違う。
確かにユーカリであれば、匂いがしようが変わった形の葉であろうが植物の専門家である彼をも誤魔化す事は可能であろう。
そして、アクセントとして添えられていた、まだ開けきらないユリの実のようなものを取り、振ってみる。
すると、まるで砂のような音がサラサラと聞こえる。
「種みたいです」
「種だと?!」
なるほど。一旦別の場所に保管した後、こうしてドライフラワーに忍ばせて種を持ち運びしていた訳か。
そう考えると、オバラがあの崩れかかった建物に出入りしていた理由も分かるし、恐らくロム・チアムオイの遺体を詰めた発泡スチロール箱の依頼元や、オバラの持つ団体の物件にも存在している可能性が高い。
「伊丹さん、鑑識呼んでください」
「了解!」
そうして伊丹は電話をかけるために一旦その場を離れた。
こうして、関係ない人たちが犯罪に巻き込まれていく。
その締め付けられる思いに、尊はきゅっと唇を噛んだ。
▽
『ユーカリ』と記載されていた乾燥した大量の枝つきの。
確かに“ユーカリとしてはお馴染み”の細長い形の葉は、枝の状況からみて木本ではなく草本である可能性が高いと言う。
可能性が高い。と言うのは、木と言っても枝の部分には年輪の出ない、草本状の木本も存在するからであるが。
万が一の事を考えて、それらは気密性の高い容器の中に入れられ、回収される。
中にユリではない種が入っている可能性が高い。と、された実の中には、尊の言う通りカプセル状の小さな容器に、種とみられる黒い小さなものが入っていた。
雅樹は当時の状況を聞くため、再び警視庁に行く事となったのだが、荷物が減った事で『一期一会』から問い合わせがあった場合、運送会社から連中に情報が漏れてしまう事も考えられるため、そこは慎重にお願いしてある。と、鑑識を呼んだ伊丹から伝えられた。
本来なら、そこで関連物件のガサ入れも考えられるところだが、まずは亀山薫を保護することが先決である。
こちらが彼らの目的を察したと知られるのはまずい。
そのため、それらは亀山薫が保護された後。と、言う事になるだろう。
さすがに彼らもそこまでバカではない。
とは言え、『ユーカリ』と称すこれらがユーカリではなく、例えば生木のキョウチクトウのように毒性の気体を発する可能性が高い。又は異臭が出た。と、言う報告がない限り、すぐに特殊班付きで救出に向かう事は難しい。
その前に、薫は自分から彼らの元に向かっているのだから、今のところ事件性は無い。
つまり、今現在乗り込む手段が無いのである。
「け!要領の無い奴は損だとは思うが、こんな要領の良さはごめんだね」
伊丹が関連物件の立ち入りを、薫の保護後まで遅らせるように本部に伝えると、押収されるそれらを見ながら悪態を吐いた。
確かに伊丹は不器用な生き方しか出来ない。一見要領の良いように見える尊にも、彼には初めはそれと同じように見えていたのかもしれない。
が、実は自分のように中身は不器用な男である事が知れたからか、その言葉は尊に対しても向けられた言葉ではない事は分かっている。
「でも俺は、こうした運はいつまでも続かない。いつしか何倍にもなって跳ね返って来る事を信じていますから」
「ふん!元警視様が青臭い」
「青臭いから、今は警部補なんです」
そう言って場違いな笑みを向けた。
「先輩!神戸警部補!」
と、駐車場の方から今到着したばかりなのか、2人を見つけた芹沢が駆け寄ってくる。
「おう、芹沢どうした」
と、伊丹が声をかける前に、芹沢はいかにも興奮した様子で2人に伝える。
「小原習の『ペリカン』時代を詳しく知っている人物が、関係者の聞き込みの中で上がってきました!」
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いくら『小原学』で探しても『ペリカン』のメンバーは聞き込みでは「いたらしいけど見ていない」と、曖昧な答えを残すはずだった。
彼らメンバーの前では、彼は本名の『小原習』を名乗っていたのだから。
大学を卒業して、まだ何年もしていないように見える彼は、仕事の合間を見て尊たちに話をしたい。と、ビルの谷間の中でも日だまりになった広場の片隅へと彼らを案内した。
彼は好んでボランティアの中でも、重労働とも言われる仕事を進んで行うような、いかにも好青年で。
しかし、この手のものにはこうしたタダで人を働かせて、そのために集まった基金を過激派団体の資金源にしている団体も多いことを知る彼は、個人的なもの以外は『ペリカン』でしか活動していないと言う。
そして「ボランティアのしすぎで留年しちゃいましたけどね」と、照れ臭そうに笑う。
「ああ、これじゃ当時の人は誰も分からないと思いますよ。それこそ分かるのは刑事さんくらいじゃないかな?」
と、見せられた顔写真を見ながら彼は呟いた。
「たった3年の間に?」
「たったそれだけの間に、凄い事を経験したんだと思います。あの人は、そうしたスリルを味わうために、仕事を辞めてまでこうした政情不安の国にわざわざボランティアに行ったようなもんですし。その方がイメージ的にもプラスだ。って」
「まあ、確かに楽して文句言っている奴よりは偉いかもな」
「でしょう?それが狙いなんだって」
尊と伊丹の質問に、そう言って彼は苦笑する。
オバラはこの純粋に良心の塊のような青年に、世の中は良心のある奴が先に死んでいく事を教えたかったのだろうか?
オバラが何故活動先にこのような場所を選んだのかは、これまでの捜査で想像するに容易い。
が、このような連中と接触するような場所に、素人の人間を連れていくとは考えにくい。
「ねえ、サルウィンかエルドヴィアでの活動って、主にどのようなものだったの?」
「おれらが行った時は、主に農地の開墾ですね。あと、農作物の作付けとか。種を蒔いたりもしました」
『それだ!』
開墾であれば、どさくさに紛れてこの草には毒があって、それは乾燥して焼いても幻覚作用を持つ毒が残る。とか、宝石の原石の多く出る場所を聞き出す事は可能だろう。
それを狙ったって訳か。
「あと、農業の指導もやりましたね」
「もしかしたらオバラさんって、個人的に仲良くなったサルウィンの人ってどれくらいいた?」
「まあ、大概の人は仲良くなりますよ。正式な会員になった人では、そこの人と結婚してしまう人もいるくらいですから。だから、そこの人を使って何かをやろうとすれば、簡単に利用する事も出来るでしょうね。日本人は基本的に優しくて堅実で親切だと言うイメージがありますから」
と、彼は何かを思い出すように尊の質問に答える。
だから『日本人』と言うイメージから、オバラのような人物でも簡単に信じてしまい、結果幻覚作用を持つ植物の栽培と盗掘をやらされている。
彼はきっと、こうしたものも雇用に繋がり、国を豊かにするものだと考えているのだろう。
結局一番手っ取り早く外貨を稼ぐ方法はこれだから、盗掘さえも見逃されていると言う事なのだと思う。
「なるほどね。農地と農業の指導だったんだ。それでオバラさん、この活動をやった後でこれらの国を拠点に、その地元の人を使って何かをやりたい。とか言っていなかった?」
との尊の質問に、広場のベンチに座る彼は弾かれたように横に立つ尊を見上げた。
「何で分かったんですか?」
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最終章.2に続く
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