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2012年06月14日23:55

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神戸尊の事件簿.1 『季節外れのリコリス』 最終章.ニホンズイセン.4−3

最終章.4−2
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                            ▽

「警部補殿」

と、声を潜めて三浦の声が後ろから尊を呼ぶ。
警視庁の応援の数人は、案外早くその場についた。
車をそこに着けるのはあまりに目立ちすぎるため、少し離れた場所に停めているのだろう。

尊が数日前に見たように、アトリエのようにしていた部屋にはエンジェルストランペットの陰は見当たらなかったそうで、元々事件現場となった雑居ビルに増築された部屋にて育てられており、その持ち主は小原学が個人的にパーティー会場にしていた部屋そうだ。
当然小原にはしばらく東京にはいない。と、言うアリバイがあるために、当然そこを使用した金山俊男に疑いが向く事になる。
案の定、ネット上で根の葉もない織原聡美への噂を書き込んだ者もいるそうだが、今さらそれは何の効力も持たなくなっている。

「警部補殿が前に出てください。あなたはこの中では、最も金山が気を許す相手ですから」

そう三浦が声をかけ、その手に令状が渡された。
尊が紛れている事に何か言われても、野塙宅に行った際に金山の顔の知れた尊を交渉役に使ったと言えばいい。
証拠がある以上、勝手に踏み込まなかっただけシナリオは用意されていた。

考えてみれば初めてである。尊が先頭に立つ事になるのは。
彼はいつも自分たちの後ろにいた。と、伊丹も芹沢も三浦も思い出していた。それは現場の長い自分たちに配慮していた事なのか。
案の定彼は少し動揺していて、不安げにこちらを見る。
『杉下さんでなくともいいんですか?』
その目は明らかにそう訴えている。が、それを被せるように芹沢が答えた。

「今回はちゃんと正規の手続き踏んでるんすよ」

その言葉に、伊丹と三浦は顔を見合わせる。

「そういやそうだな。特命が絡んでるのに」

「毎回弁解するの大変なんですよ。神戸警部補殿」

「そんな事言ったら、あなたはますます苦しんでしまうかもしれないすけど、でも、杉下警部がいたらこんな事は出来なかった。スタンドアローンなんですもん。あの人」

芹沢の言葉に、伊丹はぽんと尊の肩を叩くと、肩を引いて耳元でつぶやいた。

「早く行かないとあいつ逃げちまいますよ」

「そういやそうだ。それこそ部長の雷が落ちるな」

三浦のその言葉に、尊は瞳の色を元に戻して少しだけ口角を緩めると、ぴんと背筋を伸ばした。

「すみません。取り乱して。じゃあ、行きましょう」

                            ▽

尊たちがドアの前に立とうとした時、金山は気配を感じたのか今更ながら部屋の電気を消した。
が、尊はそのままドアをノックする。

「金山君、いるんでしょ?前にも言ったじゃない。逃げたりしない方が疑われないって」

『かんべさん・・・』

微かではあるが、ドアの向こうで金山がそうつぶやいたような気がした。

『なんでかんべさんがここに』

ドアに耳をつけても、聞こえるか聞こえないかの金山の声に尊は答える。

「これでも警察で、刑事やってるからね」

『そうだった』

「形だけだと思った?」

『やっぱりそれなりの人って、それなりの顔をしているんだね』

「じゃあ君が何をやったか、分かってるよね?」

『・・・』

「俺、君は反省して改心したんだと信じてたよ」

『ごめんなさい』

その声が聞こえたとき、伊丹が合図をかける。

「踏み込みます」

そしてドアノブに手がかけられ、がちゃりとドアが開けられる。
そして開かれたドアに目を見開いた金山の目の前に、尊は令状を突きつけた。

「神戸さん」

「はい、これ君への令状。分かるよね?」

「完全にオレ容疑者なんだ」

確かに、確信を持って犯罪を犯している者以外、大概の反応はこうだ。
その令状の内容を見て、初めてその重さに気付く。

「そう。君はしっかり殺人未遂の容疑者だ。いつまでも、そう言う運って続くもんじゃないんだよ。分かるよね?」

そう語りかける。
しかし、金山はその場から逃げようと背中を向けるが、その時に振られた腕を尊につかまれていた。
想像以上に力が強い。
見かけとは実態の予想がつかない人だとは思っていたが、やっぱりこの人、刑事なんだ。と、改めて思う。

「神戸さん、華岡青洲って知っていますか?」

手首を捕まれたまま金山が吐き出した言葉がこれだった。

「世界で初めて、全身麻酔を使って手術を成功させた江戸時代の医学者だね」

「麻酔の元になった曼陀羅華(まんだらげ)ってご存じです?」

「ダチュラ。つまりチョウセンアサガオだ」

その答えに、金山は背を向けたまま何か企んだような表情を浮かべた。誘導でもしているつもりだろう。それは尊にも理解できた。
そして金山は再び尊に問う。

「だったら、『ロミオとジュリエット』の、ジュリエットは何で仮死状態になったの?」

「地中海沿岸に生えるナス科の植物の、マンドレイクを使って。って言われているね」

「よく知ってるね」

「んふ、まあね」

そして口角を緩める尊に、金山はにやりとした笑みを向けてこう呟く。

「だったら、何でオレが捕まらなくちゃいけないの?」

にやりとした後、無表情に尊を見つめる金山に、今度は尊が彼に問うた。

「ねえ、華岡青洲が麻酔薬を作った際、実験台になった彼の妻と母親はどうなったか知ってる?」

「・・・」

「妻は失明して光を失い、母親は目を覚まさずにそのまま死んだんだ」

                            ▽

尊の問うたその言葉とその答えに、捜査員たちは背筋をぞくりとさせた。
『もしかしたらこの男は、杉下右京よりも恐いかもしれない』
しかし連行される金山を見守りながらそこに立っているのは、色白でひょろくてどこか頼りない、いつもの“神戸尊”だった。
そしてパトカーに乗せられる金山は、一時近くの警察署に留置所に入れられ、後日警視庁に身柄を移される事になるのだ。

「神戸警部補、お疲れ様です」

後ろから芹沢が声をかけると。

「お疲れ様ですは芹沢さんじゃない。それに伊丹さんや三浦さんも」

そう言っていつもの人懐っこい笑みを向ける。
杉下右京が消えてから、いつもより近くで神戸尊を見ていたが、彼は絶妙なバランスによって無意識にそこにいる人間を、良い方向に動かしてしまう。
それは杉下右京以上なんじゃないか?
と、伊丹は素直に思った。

「ところで捜査から外されたって、あれ嘘だよね?」

そう、あれは7係の面々が考えた嘘だった。
尊が三浦に礼を言ったのは、それがすっかりバレていたのだと、芹沢は今更ながらそれに気付く。
でもこの人は意地っ張りだから、ああでもしないと意地でも一人で行く気であったろう。
そしてふと尊が刑事の集団から顔をそらし、何かを聞こえない声で呟いているような気がした。

“咲、君のおかげだよ”

                           ▽

「おう、お帰り」

次の日の午前中、尊が特命係の部屋に戻って来ると、いつものように角田はそこでコーヒーを飲んでいた。

「ただいま戻りました」と、答えた後、尊は少し間を置く。

「この部屋には神棚が無いんですよね」

と、ぐるりとこの小さな部屋を見回しながら、以前から疑問に思っていたことを独り言のように尋ねた。
しかし角田の答えは意外なものだった。

「いや、以前はあったんだよ。ずいぶん前だけどね」

「あったんですか?」

「でもね、すぐになくなった。廃棄しちまったんだよ警部殿が」

「え?!!」

「あんた、警部殿の以前のあだ名知らないだろう。『カミソリ杉下』神も仏も信じねえってことさ。あんたの名前、神社に関係するんだろ?とうとう祟っちまったのかねえ・・・」

と、1つため息をつくとカップに口をつける。
確かに『神戸』姓は神社に深く関係する姓ではある。しかし今の時代。普通であれば、いちいちそんな事を気にする人などいないだろう。
が、ほんの少しだけ気になることもあった。

「でも、米沢さんから聞きました。杉下さんはおそらくロンドン塔のカラスなんかの、オカルトの研究をしにロンドンへ行ったんじゃないか?って・・・」

「まあ、あの人は元々こんなんだしな・・・」

と、角田はイギリス尽くしの主の持ち物を顎で指す。
かつて神棚が置かれていたであろう本棚の上には、ユニオンジャックの描かれたよく分からない古いプレートが置かれている。
そしてその前には積み重なった本である。
京都でこの主はデタラメ極まりない黒歴史とも言うべき史実を語ったが、しかし少なくとも自分が日本人である事は認めているはずではなかったのか?

「日本じゃいけなかったんでしょうか?時々僕はあの人が分からなくなるんです。何故日本にいるのか?とか。何故『国益』と言う言葉にアレルギーのように反応するのか。とか・・・」

その問いに、角田はぼそりとつぶやいた。

「遠くへ行きたいのかもな」

「え?」

「でも日本人に生まれちまった。だから日本で生きるしかない。あるんだよ、俺たちの世代は多かれ少なかれ、日本人に生まれたことへの罪の意識のようなコンプレックスが。警部殿はオレより上だから余計だろうな」

「何で?」

「さあ、何でだろうな?」

そう言って角田はちょいっと肩をすくめた。
でも、あの人を見ているとなんとなくそれが分かるような気がする。
だったら、あの時“ヒーロー”と言う言葉を使ってしまうのも当然だろう。

『あなたの正義って何なんですか?杉下さん・・・』

                     ▽           ▽

フォト


マンドレイク ナス科 マンドラゴラ属 (写真はMandragora officinarum)
地中海地域から中国西部にかけてに自生するナス科の植物。
ヨーロッパの昔話や、ファンタジー小説やゲームでもお馴染みの植物である。
薬用としてはMandragora officinarum L.、M. autumnalis Spreng.、M. caulescens Clarke3種類が知られているが、ともに根に数種のアルカロイドを含む。
麻薬効果を持ち、古くは鎮痛薬などにも使用されたが毒性が強く、場合によっては死に至るため。現在薬用に使用されることはほとんどない。
ちなみに、Mandragora officinarumはオス、Mandragora autumnalisはメスだと言われている。

エピローグに続く

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エピローグ
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