最終章.2−2
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斯くして番号の照会は認められ、そこに浮かんだのは『鮎沢裕也(あゆさわ・ゆうや)』と言う、ごくごく普通の会社員で普通に織原聡美のファンであった。
佐野恵美とは杉並地域NPOの清掃活動で知り合い、佐野恵美と織原聡美の名前を使った野塙菫の友人の代理として伝言を頼まれ、名刺を渡されたそうだ。
つまり、野塙家に現れたのは丸きりの親切心で、鮎沢は完全に利用された形となっていたのであった。
そのため、彼は利用されたにも関わらず、聞き込みに来た尊に深々と頭を下げていた。
「だったら、何で指先に接着剤を?」
「手の油がついたら気持ちが悪いと思って・・・」
なるほど、利用されるのにも納得がいく。絵に描いたようなお人好しである。
「あのう。つまり刑事さんたちが来たって事は、つまり犯罪に利用されるところだったって事なんでしょうか?」
と、強面の長身の刑事と、一見刑事には見えない刑事を目の前にした彼は、それでも何が起きたのか気づいていない様子である。
その口調に、尊と同行した伊丹は顔を見合わせたが、ふとあることに気がついた。
それは『杉並地域NPOが人権屋たる所以』である。
関連する人間は、複雑な重なりあいで隠れ蓑が作られた上で。
しかしそれはわかる人から見れば非常に分かりやすく現れるものであるのだが。
結局それにより犯罪行為の隠れ蓑として、単なるその中の一般人のメンバーが仲介されることも多い。と、言うことだろう。
つまり、ここで気付かず犯罪を犯した彼をしょっぴけば、杉並地域NPOの母体である人権屋が例のごとく騒ぎだす。と、言うからくりである。
「だったら、どうして2ヶ月前のパーティー会場にわざとらしく門の陰に隠れたりしたの」
「いや、だってまだあの中には織原さんいなかったし、どうせなら近くで見たいじゃないですか。ファンなら当然です」
「まあ確かに気持ちは分かるけどね」
と、尊が少し歩み寄りを見せると、鮎沢は居心地が悪そうにしながらもその当時の事について話し始めた。
2ヶ月前の事をしっかりと覚えている。と、言うことはその状況も限られてくる。
「あ、それとこの中に杉並地域NPO代表の小原さんが来ていたんです。だから余計・・・」
「余計?」
「あのNPOって表向きただの地域NPOですけど、何を資金源にしているか分からないって噂も聞くんで、ちょっとあの人から距離置いていたんですよね」
「それでその姿を見つけたから、野塙さんの事件に関わっていないと思わせるために、余計指紋と名前を残さないように?」
「はい、そのとおりです」
と、鮎沢は尊の問いに観念したのか素直に答えた。
「思っていたよりも大御所の登場って事か」
「でも何で見張る必要があったんでしょう?それが分からないんですよね」
この2ヶ月前の狭い空間の中には、被疑者である佐野恵美と。
単なる野次馬から一転、犯罪の片棒を担がされた目の前の鮎沢裕也。
杉並地域NPO代表の小原学。
そこに居合わせたが故に、悪質ないたずらをする事になった田中と斉藤。
この事件に付かず離れず距離を置いている金山俊男。
そして、そのカメラのレンズが注目していた織原聡美が存在している。
ただこの一見複雑な相関関係に線を引くとなれば、実はこの7人には単純なラインが出来上がる。
つまり、一昨日尊が一課に照会を頼み、田中と斉藤に『思いがけない人を助ける事になる』とおりの予想であったと言うわけだ。
そして伊丹と尊の目が合わさった時、尊のスマートフォンに着信があった。
失礼。と、2人は一端その場から離れると、その電話の主である米沢の声を聞く。
『サイバー犯罪捜査班から、金山俊男のSNSでの公開制限日記の内容が届きましたが・・・。いや、本当に消去させておいて正解でした。特に神戸警部補は刑事には見えませんが、違う意味で目立ちますからなあ』
「はい?」
『いやいや、それ自体はその中だけであれば問題がないので後でお見せしますが、日記の内容が・・・』
「そうですか、分かりました。あ、そうだ。こんな時間なんですが、あと一つだけお願いしたいのですが・・・」
そのよく聞き慣れた因縁ある口癖が尊の口から飛び出した事に、伊丹の目が丸くなった事は言うまでもない。
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鑑識部屋にて米沢が見せたSNSの公開限定日記には、今まで事件現場で撮り溜めたのであろう『私服警官ファッションチェック』なるものがあり、ワイドショーのようなコメントが書かれている。
「で、本当に刑事らしい刑事で、今まで一番お洒落だったのが神戸警部補だったそうです。マジで雑誌に写真送ったら、読者モデルになったかもしれなかったのに。と、書かれていますな」
と、わざわざそのページを見せる。
「もういいです・・・」
『それでかよ!』と、尊は金山俊男が何故か興奮していた理由に妙に納得する。
しかもそこに書かれている事は、そこにいる尊以外の3人も『確かに』と言わせる内容なので、誰もツッコミが入らない。
しかしもちろん問題なのはこんなくだらない内容の日記でも、尊に連れ回された事を愚痴り、真面目に捜査に協力しなかった事を書いた日記でもない。
それは明明後日に金山俊男の“祝!警察に捜査協力”と称して行われると言う、『ダチュラパーティー』と言うものである。
ダチュラとは、ナス科の園芸植物のチョウセンアサガオや、近縁であるキダチチョウセンアサガオ属のエンジェルストランペットの事で。
エンジェルストランペットは種類により、初夏から晩秋にかけて香りの良い大きな花をたくさん咲かせる、木立になるとかなりの高さになる庭によく植えられる植物である。
総称となる『ダチュラ』とはチョウセンアサガオの学名である『ダツラ(Datura)』からつけられたもので。かつては同じ属種で扱われていたため、今でもチョウセンアサガオの学名である『ダチュラ』の名前が残る。
園芸品種名の“エンジェルストランペット”は花の形がラッパ型をしている事に由来し、熱帯性の植物のため、冬場には越冬のために根元まで切り戻してしまうため、今はシーズン的に最後になるだろう。
しかし、そんな人気の園芸植物であるエンジェルストランペットも、ナス科の植物の多くがそうであるように、全草にわたり毒を持っている。
もちろん、ただ花を愛でるだけのパーティーであれば全く問題がないのだが、なにぶん金山俊男だから。と、言うのもあってこうして送られてきた次第である。
そんな訳で先ほどまでたたき込んだ知識から、尊もその単語に固まった。
「こいつの情報は今んとこあんたが一番持ってる。そしてここん中じゃあんたの方が目上だ」
そして尊の眉がぴくりと動いたのを見逃さなかった伊丹が、尊はここにいる自分たちよりも階級が上である。と、言うことを諭す。
そう言えば右京がいる間は、自分に向ける“警部補”と言う階級はこの窓際部署では単なる記号でしかなく、形式上敬語や“殿”をつけて呼ばれているだけだった。
しかし右京のいない今は“警部補”は記号ではなくなっている。
休職願いを出されているのだから、事実上“特命係係長代理”でもある。
「まあ、こっちとしちゃ今更なんですがねぇ警部補殿!しっかりされないと困りますよぉ」
「大丈夫です」
その言葉に、尊はしっかりとした口調で答えた。が、伊丹の心の中は違っていた。
『昼間までのあんたは、大丈夫じゃなかったんだよ』
そしてその場の空気を切るように、先ほどの結果をいち早く伝えたかったのか、三浦から着信があった。
『警部補殿のおっしゃるとおり、田中と斉藤に声をかけてきたのは佐野恵美だったそうです』
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そして次の日の朝。
ようやく事件の全容が繋がったのであった。
一つは小原学の活動資金がらみで、一番手っ取り早いとなるといわゆる振り込め詐欺的形式と、薬物の密売。
そして薬物の販売に一時仲介していたのが金山俊男であり、そこから逃げた事が、今回の大きな筋となっており、そこに第二として織原聡美を巻き込んで、佐野恵美の犯行が行われた。と、言うわけだ。
そして、その全面協力として一つ目の個人的に繋がったグループが大きく関わることになる。8係が早まったのにはこうした背景があったからだ。
つまり一見複雑だが、ちゃんと一本の線で繋がるのである。
こうなるとすぐにでも佐野恵美に対して逮捕状は請求出来るが、なにぶんバックにいるのは小原学である。完黙に入れ知恵をされたら落とすのは無理だろう。
だから尊は動機を探していた。
そして3人で缶詰めになった、昼食後の午後に時間は至るのである。
「じゃあしょうがないっすね、行きましょうか」
と、ヒガンバナ科の事を調べた伊丹から言わせれば『まるで女同士のようなランチ』の後、芹沢は尊を促した。
「でも、車はどうするの?」
「そりゃ、運転するのは僕でしょう」
と芹沢は当然のように答えるが、尊はそれに被せるように即答する。
「でもそうしたら伊丹さん動けなくなっちゃうんじゃない?僕のでいいよ」
「え?!マジっすか!!」
尊の言葉に芹沢は子供のように目を輝かせる。
まあ、“特命のくせに立派な車”を毎日見ているのだから、一度は乗ってみたくなるのは当然だろう。
「うふふ、僕のだし僕が彼女じゃなくてごめんね」
しかし、芹沢に関する伊丹の耳は地獄耳である。にっこりと肩をすくめながらはにかむように微笑む尊の後ろから、伊丹のきつい眼光が飛ぶ。
もちろんその原因は『彼女』と言う単語である。
その眼光から逃れるように芹沢は、尊の背中を押して部屋から出ていった。
2階級も上の人に運転させて、しかも乗っているのは自分ではとても手の届かないGT-Rの助手席に、なんだかむず痒さを感じながら、芹沢の口をついたのが「このパトランプ、サイレン鳴るんすか?」と言う、自分の足元に置かれている、見慣れたパトランプの、実に下らない質問だった。
「うん、鳴るよ。まだ光らせただけで鳴らした事無いけど」
亀山先輩はそう言えばガンガン鳴らしてたっけ・・・。と、そんな質問が出たのは、亀山先輩は特命のくせに職権濫用しまくっていたな。と、言うことだった。
そう言えば、ここには警察無線は積んでいない。
植物園と言うものは実は都心にも小さなものはいくつかあるのだが、大きなものとなると当然郊外となる。
しかも今回求める“ネリネ”はそう何処にでも植えられているものではなく、越境しなければならなかった。
なので気分は本当は、もっと気楽なはずなのだが。
GT-Rで、横にいるのはサングラスもさまになっている神戸警部補な訳だから、そんな訳で妙な緊張感が芹沢の中で発生していた。
何だか自分の住む世界と別世界に入り込んだような気分なのだが、まあいいか。
そしてそうこうしているうちに、車は東京から少し離れた目的地の植物園に着いていた。
確かに慣れようとしても、なんとなく変な感じがする。その時ふとシートの手触りからか、記憶のようなものが湧き上がる。
『そうか。妙な緊張感ってここにはいつもは、杉下警部が座っていたからなんだ』
と、シートベルトを外しながら、芹沢はようやくその事に気がついた。
今までただ年が近いし、ちょっかいを出してくるから友達のような感覚でいたけど、けろっとした表情をしているけど、やっぱりこの人は寂しいんだ。
『やっぱりここには相棒が座っていなくちゃいけないんだ』
そう考えたら、この警部補が図書館で少しおかしくなってしまったのも、納得がいった。
そして車から降りると芹沢は尊に向きなおす。
「神戸さん、オレ頑張りますから」
「何?どうしたの?」
当然ながら尊はきょとんとした顔を向ける。
でも『神戸さんの隣の席に座っていても馴染むように』なんて、とても恥ずかしくて言えない。
でも、この人の尊敬する相棒は突然この人から背を向けて、何も言わずに突然いなくなってしまったのだし・・・。
「神戸さんの足、引っ張らないように」
「どうしたの?急に」
そう言ってまたにこりと笑う。
もしかしたらこの人は、辛いときに笑ってしまうのかもしれない。先輩はもうそれにとっくに気付いているんだろうな。
やっぱりオレってまだまだだ。
「遠出になったけど、遊びにきたわけじゃないから」
「すみません」
その返事に、尊は少し驚きながら芹沢の前を進む。
そしてその後ろを芹沢がついていった。
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チョウセンアサガオ ナス科 チョウセンアサガオ属
朝鮮の名が付いているが、単に海外から入ってきたものの意味とされ、朝鮮とは特につながりは無い。
江戸時代の医学者 華岡青洲が、世界初の全身麻酔にてガン手術を成功させた時に使われた、麻酔薬の元となった曼荼羅華(まんだらげ)とはこの花の事である。
キダチチョウセンアサガオ(エンジェルストランペット) ナス科 キダチチョウセンアサガオ属
かつてはチョウセンアサガオと同じ属種で扱われていたため、今でもチョウセンアサガオの学名である『ダチュラ』の名前が残る。チョウセンアサガオと同様、全草にわたり有毒である。
かつてオウム真理教が幻覚剤として使用し、当時連載されていた長編マンガに登場する麻薬がこの花から作られたため、麻薬のイメージが浸透したが実際には麻薬効果は無い。
最終章.3−1へ続く
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