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2012年03月31日06:13

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三題噺「林檎園、花ブランコ、全自動洗濯機」

ようやく三題噺が出来た。
今回のお題「林檎園、花ブランコ、全自動洗濯機」も「文学少女」シリーズにあったお題です。
だいたいのお話はできてたのですが、結末がどうしても思いつかなくて、時間くってしまいました。
時間くったアイデアは、たいていろくなもんじゃない。わかってるよ。わかってるんだよ。すっきりしね〜〜〜〜
まあいいや。いやいや、いいんだよ、上等だよ、こんなもんだよ。いや私も別にオチとかそーゆーアレじゃないし

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三題噺「林檎園、花ブランコ、全自動洗濯機」

「ここがそうでございますか」
執事が分かった事をあえてきく。その主人である車椅子の老人も、分かっているからあえて答えない。
その林檎園は「花ブランコ」で有名だった。
リンゴを作って売っているのに、リンゴじゃなくて遊具で有名って所がちょっとダメっぽい。
「数年後につぶれたようだ」
と聞いて、執事は「そうだろう、そうだろう」と密かに心の中でうなづいたものだ。
老人にとって、花ブランコは幸せな記憶の象徴だった。
父が笑い、母が微笑み、なんの心配も疑いもなく、善意に囲まれぬくもりに包まれたこの世界が世界の全てだった日々、小さな発見と小さな感動と小さな喜びにあふれていたあの日々が、連れて行ってもらった林檎園の花ブランコに集約している。
隠居といいながらもいまだに政財界に隠然とした影響力を持つ身となった今、神経痛や尿漏れなどの身体の不調にいよいよ最期の時が近づいてくる気配を感じるようになったこの所、頻繁に思い出すのはその花ブランコの事だった。
もちろん、かつてその林檎園があった山林を買い取って金にあかせて花ブランコを再現したところで、かつてのあの幸せな記憶が再現されるはずもない。いくら舞台を整えたところで、今の自分自身がそもそも、あの、キラキラとした輝きに縁取られた記憶の中のあの頃の自分ではもうないのだから。
実際にかつてその林檎園があった山林を買い取って金にあかせて花ブランコを再現してみて、その事がよくわかった。
後でその話を聞いて、執事は「やったのかよ!」と密かに心の中で突っ込まずにはいられなかったものだ。
今の自分はもうあの頃の自分ではない。あの幸福な日々と今の自分を引き比べると、何よりもその事がもっとも決定的で致命的な違いであるように思えてくるのだった。
しかしだからといって、幼稚園児の格好をしてパパとママを金でやとい、再現した花ブランコに乗せてもらっても、そんなのは全く何の意味もないのだった。それはもはや全く別のプレイなのだ。
実際に(中略)執事は「やったのかよ!」と密かに心の中で突っ込まずにはいられなかったものだ。
やはり、実際に“あの頃”に戻らねば、あの幸福な日々を再び手に入れる事はかなわないのだ――――そんな非現実的な願いが、日増しに老人の中で肥大して行った。
そんな時だった、「あの頃に時間を戻しましょう」という男が現れたのは。
男は「いわゆるタイムマシンと呼ばれるものを研究しているものです」と名乗った。
出自の怪しい男であった。研究しているといいながら、どこの大学ともコネクションを持っていないような男だった。
何より「いわゆる 〜 と呼ばれるもの」という構文を使えばなんでも信憑性が増すと思っているフシがあるのがいかにもうさんくさくて薄っぺらい。
「こんな男の話に乗るのはどうかしている」と執事は思ったが、彼の主人である老人は「まあやってみろ」と言った。
そうして、この場所に来た。
かつて、かの思い出の林檎園のあった場所。
そのためだけに買い取った山林の、その高台に。
周囲を飾る花壇の花が風に震え、再現された花ブランコが小さく揺れる。
「それが、タイムマシンかね」
と老人の親族につらなる一人の中年が、男が運んできた大きな装置にうさんくさげに目を向ける。
「どう見ても洗濯機にしか見えんのだがね」
「ええ、無論です。全自動洗濯機をもとにして開発しましたから」
と男は平気な顔をして言う。
「日本の全自動洗濯機の技術は素晴らしい。最新テクノロジーの精髄がここに結集していると言っても過言ではないでしょう」
「いやだからって、全自動洗濯機にどれだけ手を加えても、その延長線上にタイムマシンはないと思うのだが」
「そうですね。ええ、確かにそれはその通り。実際、いわゆる物理的な意味で“過去に戻る”という機能は、この装置には備わっていませんしね」
その場にいた者達は数秒間、男の言ったことを吟味する間をあけてからたずねた。
「どういうことかね」
「いやだって、物理的な意味で“過去”に戻ったって仕方ないでしょう。子供の時の自分を眺めたい、とおっしゃってるわけではないんですから」
男はふんと鼻を鳴らし、そんな事もわからないのかという口調で言った。
「“過去に戻る”のはもちろんですが、その時の“過去の自分”はあくまで自分本人でなくては意味がない。つまりそういう意味では、大切なのは物理的に“過去”に戻るという事ではなく、むしろ精神が“過去”にさかのぼって行く事にあると言えるでしょう。この装置の機能はまさにそこの所にあるのです。ただし」
と指をたててにわかに真摯な表情になる。
「一つ注意があるのですが、この装置は一方通行なのです」
「一方通行? というと……」
「はい、行ったが最後、こちらに戻ってくることはできないのです」
親族達はそれを聞いて考え込むように押し黙った。執事も沈黙を守ったが、心の中で「それって走馬灯じゃん!」と激しく突っ込んでいた。
老人は「……なるほど、それはいいかもしれんな」とつぶやいて、静かに笑った。
その後、男は全自動洗濯機の試運転で強制的に過去に旅立たせられるのだが、それはまた別のお話。
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