(この日記はレビューに加筆したものです)
http://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=1833905&id=1594539
新作映画紹介
http://www.cinematoday.jp/movie/T0012166 をネットで見た瞬間、
「愛着障害がテーマか!」と色めき立った私は、劇場へすっ飛んで行った。
このところ、児童虐待に関する情報を集めていたので、すぐにピンと来た。

愛着とは
http://dictionary.agency-inc.com/#813
ーーーセックスを隠れ蓑に、男がひた隠しにする、本当の「SHAME」とはーーー。
こんなキャッチコピーで煽られたら、依存症の原因と処方箋は劇中で解き明かされると
早合点しても当然だろう。少なくとも、私はそれを期待した。
結果、エンドロールを前に「えっ、これで終わり?詐欺じゃん!」(爆)と呻いたが、
全体を振り返ると、あれで良かったと思う。これは症例研究ではなく芸術作品だから。
3月13日のシネ・リーブル梅田は、映画通らしき独り客が多かった。
年齢層高めでインテリ風の人がほとんど。女1人でも安心して鑑賞できる環境だった。
日本公開に際し、過激シーンは大幅修正が入った模様。表現は意外とあっさりしていた。
だが、それでも作品全体の緊密性は半端なく、主人公の苦しみには十分共感できた。
気の毒だったのは、私の傍にいた おしゃれ大学生カップル。
入場前は楽しそうに会話が弾んでいたが、終映時はお通夜のように萎れて無言だった。
宣伝に乗せられてのカップル鑑賞はお勧めしない。特に、デートでは鬼門。
この予告編はシーンを順不同につなぎ合わせてあるため、ストーリーは分からない。
それを知るには、映画館へ行って見るか、以下のネタバレ解説を読むか(笑)だ。
痛ましい兄妹の物語である。
兄・ブランドンはセックス依存症。(=抑制型 反応性愛着障害)
妹・シシーは恋愛依存症。(=脱抑制型 反応性愛着障害)

反応性愛着障害とは
http://homepage3.nifty.com/HATTATU/hitokotobak/05-08.htm
兄は私生活の醜態を隠し、穏やかな常識人の仮面を被って、世間を欺いている。
時折苦しさに耐えきれなくなると、独り夜の街を疾走する。(素晴らしい走り!)
寒色を基調とした映像は、そんな彼の心象風景を表す。
一方、彼の秘密の生活に闖入した妹は率直な表現者だった。兄の顔つきを見て、一言。
「You looks so gray.」(ずいぶん老けたわね)
引き締まった体で男前、小綺麗なアパートに住む、一見普通のビジネスマンである兄。
緩んだボディ、態度も生活も見るからにグチャグチャ、不安定なジャズシンガーの妹。
何もかも対照的な彼らは「1枚の紙の裏表」だった。
兄は、睡眠中と仕事中以外、体だけのセックスに心血を注いでいる。
文字通り、相手は誰でもいい。ただし、心を通わせた相手とだけはできない。
まるで苦行の如く、ひたすら消耗にいそしむ彼は、独り底なしの地獄へと堕ちていく。
一方、愛情に飢えた妹は、混乱した自分を晒しながら、いつも誰かを探し求めている。
誰でも簡単に愛してしまう。必死ですがりつかずにはいられない。
泣きながら、もがき苦しみながら、彼女は誰かと共に生きようとしている。
他者との関係を信じず孤立する兄と、他者とのつながりを乞い求める妹。
彼らは同居するうち、お互いの恥部を見てしまった。
真の自分から逃避する兄は、恥部を知った妹を憎む。「お前は僕を追い詰め、陥れる」
真の自分を表現せずにいられない妹は、毅然として兄に言う。「兄さんを助けたいの」
この兄妹は、2人だけの「秘密」を共有している。 特別な関係だ。
彼らは10代の頃、アイルランドからN.Y. に渡ってきた。
おそらく、彼らが今のように壊れた原因=「秘密」から、逃れてきた。
妹シシーは、当時の記憶を、ナイトクラブで歌い上げる。
キャリー・マリガンの女優魂が静かに炸裂した、渾身の名演。この作品の要だ。
この歌い方は、ジャズシンガーのそれではない。深い傷を負った少女のそれだ。
不穏で、寄る辺なく、痛々しいほど打ちひしがれても、健気に希望を夢見ながら。
兄妹はニューヨークにやってきた。その光景を思い出し、兄は涙する。
These little town blues, are melting away
I'll make a brand new start of it - in old new york
If I can make it there, I’ll make it anywhere
It's up to you - new york, new york
はかない陰影に富むスローボーカルには一分の隙もなく、息苦しいほどのスリルだ。
抑制の利いた歌に、絶妙な距離感のピアノ伴奏がドラマチックな彩りを添える。
ライザ・ミネリの世界を真逆に再構築してみせた。お見事としか言いようがない。
同時に、この歌唱は、同じくアイルランドからこの街に移民してきた少女が歌う
「Desperado」をも思い出させる。
http://youtu.be/MYVTGdEPawY
『In America』のクリスティは、貧しくも家族愛に支えられ逞しく生きる少女だった。
あの歌・あの歌詞を思い起こして比べると、大人になったシシーの内面は
未だ、深い傷を負った孤児のままである様子が浮き彫りになる。 心憎い計算だ。
しかし、一見して壊れている妹より、世間で上手くやっている兄の方が、実は重症だ。
欲しいものを自覚し、自分を正直に表現する妹とは違い、兄は孤独の殻に籠っている。
兄のオーガズムへの執着は、妹が繰り返すリストカットと同じ意味を持つ。
どちらも「苦しみから逃れるため」「自分が生きていることを確認するため」
せずにはいられない、一種の自傷行為だ。

依存症のメカニズム
http://lacan-msl.com/addiction/#931
自傷行為によって幾らかでも快感(心の安らぎ)を得たことがあれば、次回も
同じ方法で快感(心の安らぎ)を求める=依存する。
リストカットなどの自傷行為は精神的苦痛が限界点を超えた時に無意識に行う
時と、行為自体を解ってしている時がある。解っていると言っても、行為を
『理解』(切っている)しているだけで、行動は『把握』(なぜなのかを)して
いない。その後の痛みで心的苦痛を和らげるのも、苦痛から逃るのも、生きて
いる実感を得るのも、すべて意味は同じ。
「死にたい」と思っている自分を自傷によってリセットしている可能性もあり。
イメージで分類すると、「買い物依存」と「自傷行為依存」は他者へのサイン。
「セックス依存」「タバコ依存」「薬物依存」は、嫌なことからの逃避。
彼らは、故郷での「秘密」から逃れられず、それぞれの依存症に苦しんでいる。
哀れなほどに自分を痛めつけ、恥ずかしめ、罰しながら、か細いSOSを発している。
愛に絶望し、硬く心を閉ざして、世間ではいい人仮面を被る兄は、
「秘密」を共有する妹にだけ、その本心をむき出しにする。
兄に甘えて寄り添おうとする妹を、時に無視し、激しく罵り、邪険に突き放す。
だが、乗車した地下鉄で飛び込み自殺に遭遇した時、彼は突然閃いた。「シシー!」
自分がひどく傷つけてきた妹が、もし発作的に自殺を図ったらーーー。
兄は走りに走って自宅に駆け込み、彼が唯一心を許す存在である妹の姿を探した。
彼女は両手首を切り、意識を失っていた。バスルームは血の海だった。
シーンは一転し、静かな病室の風景に変わる。
横たわる妹シシーの傍らに、兄ブランドンがうずくまっている。
妹の腕に幾重にも刻まれたリストカットの痕を撫でながら、兄はしみじみ思い至る。
悩み苦しんでいたのは、自分だけではなかった、と。
ふと、意識が戻ったシシーは、そんな兄を見て幸せそうに笑う。
「秘密」は過去だ。もう過ぎたことだ。
この2人がお互いを支え合えば、いつか辛い過去を乗り越え、
依存症から立ち直れるのではないか……。
そんな希望をわずかに滲ませる、穏やかなラストだった。
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