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2012年02月22日14:25

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おいで!シュヴァル!!

 この前の週末、久しぶりにメゾン・ラフィットの義父母のうちへ遊びに行った。

 週頭からパパが、この週末はおじいちゃんおばあちゃんのところへ行くよ、と子どもたちに言っている。「週末」なんてことは分からないなりに、なんとなく理解する二人。そして、パパが、「メゾン・ラフィットにはたくさん馬がいるよ」と言う。藤吾さんが信じられないすばらしいことを聞いたみたいにとまどいながら、私を見る。「うん、おるよ。見られるかもよ」と言うと、今度は顔を上気させて、飛び上がらんばかりに喜んだ。「シュヴァル?シュヴァル?」その喜びは、ただ「よかった、うわーい、うれしい」ではなくて、なにか緊張を含んでいて本当に真剣に見たいのだと伝わってくる。
 私は、これは気をつけねば、と思う。藤吾さんがこんなに期待している、雨が降ったりして馬を見られないことになったらかわいそうだ。
 私は、「見られたら見る」ではなくて、馬を見るのをちゃんとプログラムに入れるようにパパに念を押して、義父母のうちに行く前に競馬場のほうへ寄るように話をつけた。

 その日曜日はとてもいい天気になった。
 出かける前藤吾さんは、サンタさんにもらった、もう表紙がとれてぼろぼろになった馬の写真集を座りこんで一生懸命見ている。コートを着なさい、と言うと、私のところへ写真集を持ってきて、「ママ、もってって」と言う。出かけるときにいろいろなおもちゃや小さな本を持って行きたがることはよくあるが、この写真集を持っていくといったのは初めてだったので、私はちょっと驚いた。「これ持っていくの?重たいなあ」と私はちょっとしぶりかけたが、ヴォルトとか車は要らない、「これ、もってく」と言うので、折れて私のバックに入れた。

 朝からの興奮のせいで、車に揺られるうちに藤吾さんはすっかり眠り込んでしまい、競馬場のほうへ車が入っていくころには熟睡していた。

 私たちが着いたとき、競馬場の手前に馬の障害物の訓練場があって、そこですでに数頭の馬が出ていた。パパが車を停めると、アビはすっかり目を覚ましている。藤吾さんはまだ寝ている。
 「藤吾さん、着いたよ。馬がいるよ」。藤吾さんは「うま?」と言いながら目をこすり、頭をはっきりさせようとしている。そのまま抱きかかえて、フェンスに近づき、馬のほうを指差してやる。
 と、すぐに私から飛び降りて、藤吾さんは駆け出そうとする。パパが後ろのほうに入り口を見つけて藤吾さんを呼び戻した。

 冬のよく晴れた青い空に軽い雲が浮いている。湿った土を踏んで馬たちの訓練場に向かうと、冷たい空気が湿気を含んで、きりっとした気分になる。そこで運動する馬たちを見るのは気持ちがいい。
 障害物の練習場はいくつもあって、その中で一番近くて馬が二頭いたのを選んで私たちは近づいていく。ほこっほこっとひづめがやわらかい土を踏む音。ゆっくり走っては、あっちこっちの障害物を飛び越える馬たち。子どもたちが、こっちの黒いのが自分の馬だとか、白いのはママ馬だとか言いながら見ている。4人でしばらく見ほれていた。

 藤吾さんはそのうち両手を柵の中に出して、ぱちぱちたたきながら、「おいで!シュヴァル!」と呼び始める。馬は小さな藤吾さんの手にも小さな藤吾さんの声にも気付かない。しばらく呼んでみてうまく行かないと分かると、藤吾さんは私を振り向いて、「ママ!本!馬の本!」と言う。「え?馬の本?」
 本物の馬がいるのに、写真を見るの?と思いながらバックから本を出す私。藤吾さんはそれを受け取ると、本を開いて、なんと馬のほうに向けて柵の中で掲げた。そして「見て!シュヴァル!ほら、おいで!!」と叫び始めた。
 その横顔は真剣そのもの。馬がぐうぜん藤吾さんの前を通るたび、馬によく見えるように馬の動きに合わせて、開いた本の向きを変える。馬が、藤吾さんの写真集のなかの馬に、本当に興味があると信じている。

 訓練場を去るとき、藤吾さんは抱え込んでいた本を、さあさあ終わった、という様子で、私に渡した。その様子から、私はやっと、本は最初から自分のためではなくて馬たちのために持ってきたのだと気がついた。後でパパに、「あの本、最初から馬のために持っていったんだよ」と言うと、パパも「うん、ああいうふうにしようって計画してたみたいだね」と言った。

 パパも私もおかしくて顔を見合わせたけど、藤吾さんの思いつきはまったく藤吾さんオリジナルですばらしい。

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