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2011年11月12日19:38

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勝手に小説:第2話『志願者』 第六章:そして、闇の中へ.1

第五章.6
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第六章【そして、闇の中へ】

               ▽           ▽


総合マルチメディア企業、ドリーミング‘s・プロダクツの木下雅史こと吉原孝一の逮捕は、当然のことながら大きなスキャンダルとして大きく報道された。

が、いくつものペーパーカンパニーを利用した、推薦状および名簿、合成薬物の商売による組織犯罪団体への資金源の関与は報道されたものの、行方不明者を利用した戸籍売買の件、およびそれを利用した改名により、一人の人間がいくつもの戸籍と氏名が同時に持てるという事実は、大手の一部を除く報道機関と、大手でもネット上のニュースだけに小さく流れたのみであった。

理由は、あまりにも世間に与える衝撃が大きすぎる。と、言ういつもの『報道の自由』を利用した『報道しない自由』と言う名の大義名分であった。
そうやって事実は世間に伝えられず、そして人々にも知られる事も無く、闇は脈々と生き続ける事になる。

そして報道されたものとしては、元アーケイム・オートに不法投棄された車両の下には、数年前に失踪した本物の日山の白骨体が発見された。と、言う事だった。
つまりあの場所を借りていた緒川は、近隣のそんな噂を耳にしてびくびくしていた。と、いう形で、五嶋恵美同様、冤罪を作るために利用されていたのみであった。

もしこのまま冤罪となっていれば、今度はその原告から金をふんだくろうと目論んでいる事は明白であったから、こうした闇の世界はどこをどうして繋がっているのか分からない。
そして、そうやって闇にもぐるうちに自身も闇に食われてしまう捜査員もいることは事実であった。

予想通り、警視庁内はほぼ全部署が大騒ぎとなっており、初めに亜弥加を騙した連中も当然別の詐欺事件に関与しており引っ張られた。と、言う事だった。
そうしてこうした役回りは、いつも特命係に回ってくるのだ。
「だったら何故早く真犯人を捕まえなかったんだ」と罵られるのも「散々疑われた警察の顔は見たくない」と追い返される事も承知の上だ。
「自殺したのだ」と飲み込んだ上での遺族に、実は殺しでしたと伝えるのはつらい事実ではある。

「ただ、罪は犯してはいなかった。これだけは信じてあげてください」

そうしてようやくほんの少しだけ心に考える余裕が出来ると言うものだ。
そう、自殺したと思われていた本人の死はこれによって少しだけ浄化されるのだから。

当然の事ながら、亜弥加は後部座席で泣いていた。
交通事故でこのようなことはまず無いからではあるが、これも警察の仕事である事は知っておいて欲しかった。

亜弥加「こんな事までしないといけないんですか?」

三軒目の家は多摩丘陵の高台にあった。
いわゆる最近出来た高級住宅街ではあるが、普通の大きさの家もいくつも点在しており、田園調布よりはグレードはかなり下がる。要するに普通の都内の住宅街である。
「少し休みますか?」の右京の言葉に、尊の運転する車は都心の高層ビル街にまで見渡せる、見晴らしの良い開けた路肩に停まっている。
亜弥加はそう言いながら、涙をためた瞳で2人を見つめた。

右京「松田さん。いいですか?我々の仕事は被害者の同情を汲む事ではありません。犯罪の真実を突き止めることです。ですから時にはこうして間違った事実を訂正するために、つらい現実を伝えるのも、我々の仕事なんですよ」

厳しい言葉ではあるが、優しい口調で伝える右京に、尊が続いた。

尊「あと、明らかに被害者が罪を犯していても、その被害者だった方がその被害者を殺せば当然それは罪になる。そんな場面もいくつもあるんだよ。こんな事で泣いていたら、君はどうするんだ?」

そう言いながら、困ったような笑みを浮かべる。
そう言った場面はこの2年あまりいくつも遭遇してきたが、今でも正直堪えるし、慣れるものではない。いや、慣れてはいけないと思う。
そうした人たちを出さないために、自分たちは犯罪を追い、時には被害者にも冷たく接しなければならない。
そう言う道に立っているのだから。

その問いに亜弥加は黙り込んだ。
そろそろ彼女の疑いも晴れ、晴れて元の部署に戻る事が出来るだろう。それまでに飲み込んでくれれば良い。

でも、『特命係に残ります』なんて言われたらどうしよう・・・。
ふと、そんな不安が同時に尊の心に湧き出したのも事実ではあった。

                     ▽

角田「しかしすごい事件だったねえ・・・」

いつもの通り特命係の部屋にて。
尊の入れたコーヒーを飲みながら、真剣なのか真剣でないのか分からない口調で、おそらく2人のどちらかの反応を角田は求める。

尊「確かに、警視庁挙げての大捕り物でしたからね・・・」

と、尊はノートパソコンでネット上に流れるニュース記事から目を離し、ティータイム中で応えようとしない昔からの主をちらりと目にやると、角田の言葉に応えた。
事件関係による大量の逮捕者の送検はひとまず一段落したものの、未だ4月の半ばに起きた事件の預かり品である椿の鉢は特命係の部屋にあって、亜弥加が残していった『椿の育て方』のプリントアウトが今は尊のデスクにある。

角田は今回の事件の殺人依頼の方法に、心底呆れるような感心のような微妙な反応をしている。
殺人の協力者募集サイトの話は今や珍しいものではなくなってきたし、取り締まりも厳しくなったものだから、今度は市販薬というグレーゾーンで。しかも訴えれば自分が何らかの処罰を受ける方法で、である。
結局、それを提供した薬剤師の取調べと言う事で、組対5課にも役回りが回ってきた訳だが。
遊ぶ金、ドラッグの金、ギャンブルの金の為に殺人まで犯すのはいつの時代も変わらないからだ。

「杉下警部!神戸警部補!」

その時ふと、ここでは珍しい声が上がる。つい数日前まで特命係だった松田亜弥加である。
報告の怠慢については厳重注意となったが、あれからすぐに彼女の事件関与の疑いは晴れ、元の交通執行課に戻る事となった彼女は私服ではなく制服姿であった。
ここに来た時と違う事と言えば、カラーコンタクトはやめた。と、言うことくらいか。

右京「おや、どうかされましたか?」

尊「ん?何か忘れ物?」

亜弥加「ひどーーーーーーい。それが数日でも元部下に言うセリフですか?」

既に特命係としてはこの件に関しては一件落着となっている当事者の出現によって、2人は間の抜けた返答を返す。
そしてキッと亜弥加は尊に向きなおし、胸の前で小さく挙手をする。

亜弥加「特に神戸警部補!!!思い切り忘れ物しています」

尊「え?俺が?」

突然の事に何の事だかさっぱり分からない尊に、亜弥加はポケットからスマートフォンを取り出した。

尊「あ!」

そうだ。そもそもこの事件発覚のきっかけは、このスマホホルダーからなのだ。

右京「おやおや」

尊「ちゃんと注文どおり届いたんだ」

そう言って尊は微笑んだ。その言葉に、亜弥加も嬉しそうに微笑み返す。

尊「でもどうして?あれから店は一方的に無くなっていたのに」

亜弥加「でも発注はされていましたし、払った分は捜査が入る前に振り込まれていたみたいです。それに、ロイヤリティーや手数料がいらないから三割も安くなりました」

右京「では、作者から直接」

亜弥加「はい」

そう花の咲くような声で答える亜弥加の手の中にあるスマホホルダーは、よくあるスワロフスキーやスパンコールであふれたデコデコではなく、レース柄と太い縁取りの花唐草模様が描かれた上品なものだった。
確かにこうしたものは市販のものではなかなか無いかもしれない。
『セレブ』と言う本来の意味を知っていた。と言う点からも、やはり人を見かけでは判断してはいけない。と、言う事なのだろう。

ただ、彼女の例はかなり運の良いパターンで、中にはそもそも発注が来ておらず、客が金だけを取られたと言う例もあるらしい。
これ以上は警察の仕事ではないが、これからドリーミング‘s・プロダクツは様々な方面から訴訟を起こされるに違いはない。
その際はくれぐれも、ドリーミング‘s・プロダクツの息のかかった連中に当たらない事を願うしかなかった。

            ▽            ▽

第六章.2へ続く
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