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2011年11月10日18:00

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勝手に小説:第2話『志願者』 第五章:真実.5

第五章.4
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木下の車は予想通り奥多摩にある、朽ちたテーマパークの奥に消えたと連絡があった。
買い取り手もなく、何年も放置されていたところを木下が買い取ったのが数年前。しかし、その後手をつけられた様子もない。
まさに埼玉の放置車両の積みあがる場所を、無理矢理リサイクルショップだの、貸し倉庫屋だのと言っていたのと同じような状況である。
入り口に張られた立ち入り禁止のテープも長年の間に脆くなり、切断せずとも当に切れている。

しかしかつて都心で毒ガステロを起こした連中は、山へ逃げ込みそこで何日かを過ごした。と言う話であるが、そうした仕事を全て他人に任せていた木下にはそうした度胸もない。
今どきの若者は、金を積んで何かを頼んだとしても、それさえ守る気もないらしい。
が、何より、自分は少しメディアに顔を晒しすぎた事が、こうした思い切ったことをやるための支障になるとは。ネットの世界に住みすぎて、その事を忘れていた。
さて、そうなれば携帯電話の電波が届かないような場所から埼玉以外の別の県へ抜けるしかない訳で、幸いこうした場所にはセルフスタンドは多いもので、越境するまでには心配はなさそうだ。
しかも、ここにいればパトカーのサイレンも遠方からでも聞こえる。
逃げるための立地条件としては好条件だ。

そう思いながら木下は昨日の夜連絡し、先ほどからぽつぽつとやって来た“実行犯”たちに目をやる。
彼らはまだ警察からはマークされていないが、家に戻ればたちまち引っ張られるだろう。
可哀想だが、彼らには囮になってもらうつもりだ。それなりの代金で人を殺めると言うのはそれなりの代価が必要になる。
少し前に流行った言葉。『等価交換』と言うことだ。

しかし、このような状況を想定などしていなかった木下が次に陥ったのは、妄想と言うべきしかし現実であった。
もはや等価交換などどうでも良い。
ここにこうしているのは、主である自分である。なぜここに逃げてきたのか。それはこの場所にずかずかと入り込んで来るものに対して、『不法侵入』を突きつけるためではないか。

見れば別の名前を与えた『実行犯』たちは呼び出された恐怖に憔悴しているようだった。
いや、この憔悴は昔話のせいだ。誰かが何かの話を吹き込んだのに違いない。
木下はそう思うことにして次の手に出た。

木下「ここは私の私有地だと言うことを知っているね。つまり、令状が無い限りは警察とて簡単には入る事が出来ないんだよ」

そう“本物の木下雅史”は片方の口元を歪めながら、自分の金を受け取った手飼いの者たちに語りだした。
木下には、最上の脅し文句が用意してある。
マトモな神経の持ち主であれば、それに耐えられる者はいないだろう。だから彼はここまでの余裕を見せているのであった。

                    クローバー

その頃青梅街道を走るトリオ・ザ・捜一と特命係の車には、パトランプは光ってはいなかった。
その後ろにも何台かの覆面がついてきいている。

ここで動き云々の様子を出すのも一つの手ではあるが、それでは犯人を泳がせて囮に使うつもりが、ことごとく逃げられている公安部のやり方と何も変わらない。

そして時々その横を、何台かのパトカーが赤色灯を回しながら通りすぎていく。
潜伏している木下たちに、自分たちのか。と、プレッシャーを与えて実は違ったと言う、精神的に参るような作戦である。

尊「伊丹さん、返す言葉に困っていましたね」

先ほどの伊丹を思い出しながら、尊はくすりと笑う。

右京「“いい人”などのああ言った文句は言われ慣れていませんからねぇ〜」

そう言って助手席の右京は笑う。今日はいつもと同じ位置に座る。
亜弥加は緊張のあまり後部座席にてうなだれている。思えば、自分は初めてこうした場面に出会っても、ここまでガチガチの緊張は無かったな。と、ふと尊は自分のことを思い出していた。

犯人に鉢合わせた時の、イメージトレーニングなんかもやっているんだろうな。と、バックミラーに写る亜弥加を見ながら思う。
そして外に流れる風景は徐々に丘が現れ始め、丘は山へと変わり始める。

『こんな場所にテーマパークなんて。』
開園した当初もそんな事は言われていた。
しかし、こうしたものは街から外れた丘の上などが当たり前ではあるため、送迎バスさえあれば山あいでも問題はないと思っていたのだろう。
ちょうど世の中は街遊びよりも、森や山へ興味が向かいはじめた頃でもあった。

とはいえ、向かない場所は所詮向かない場所なのだ。
山の中の自然をテーマにしたテーマパークは、開園した当初から人出が思うように芳しくなく、多額の負債を抱える事になる。
そしてテーマパーク側は、当時から各方面に顔を出していた木下に泣きついてきたのだった。

しかしその助け船はこの通り全て架空のものであり、投入してきたのも組織犯罪によって儲けた金であり、つまりこのテーマパークはその金のロンダリングに使われたのだった。
そしてそれがバレる前に、木下はこうした会社をわざと倒産させ、創業者を自殺に追い込むなどし、その土地を回収してきた。
しかし厄介なのはそのフロントやロビーに使った団体の中の、一般アルバイトや社員だ。
おかしいと感づかれたら、彼らは何をするかわからない。そうした者たちを自殺に見せ掛けて殺害してきたのが、今回運悪く警察によって捜査されることになった訳だ。

木下「お前たち、スーツは持ってきているのか?逃げる際にそう連絡したはずだが。
まだサツが入る前に、ここにはとりあえず最低限のものは入れておいた」

ここについてから、数時間が経過した頃、木下はそう別名を与えられた実行犯たちに訊く。
ただ単にここに人が集まっているだけではあまりに不自然であるから、視察と思わせるためであった。

そして遠方にサイレンの音が聞こえ、木下以外のそこにいる者は身を固くする。
が、その音は途中で違う方向へとそれた。

木下「ビビるなよ。所詮バレやしないんだから」

そう言って木下はにやけた。

都心の一等地にある木下の会社に比べるのは滑稽であるが、ここは恐ろしいほど何も無い。
雑踏も喧騒もなく、その代わりに聞こえるのは鳥の声とどこからともなく聞こえる水の音と風の音のみである。
それに今の季節は新緑の緑の香りが心地よい。

『折角アートにも手を出したのだから、こうしたナチュラル系の方が今どきバレずに済んだのかもな』
と、木下は鼻をフンと鳴らしながら風の音を聞いている。
しかしこうした世界のテリトリーは厳しい。自分に先見性が無かったのは認めたくないが、気づくのが遅れたのだろう。

山の爽やかな空気は柄にもなく木下をそんな気分にさせる。
最近は収穫のバイトどころか、金を払ってまで農作業をしたい。と、言う人がいるのだから、次はここをそんな風にすれば良い。
そう思いながら横を見ると、スーツを忘れてきた者以外は木下の言うとおりに、見かけだけは視察に来ているような雰囲気になっている。
先ほどから時々聞こえるパトカーのサイレンは、近づいては違う場所へそれるばかりだった。

              ▽        ▽

第五章.6に続く
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