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2009年09月11日00:02

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ワンダリン・ディスティニィ(ドラマ『青い鳥』のネタばれあり)

行き着けの喫茶店に着いてみると、やはりもう
彼はいた。いつもの席で、いつものように
俯いて本を読んでいる。

どうせ、私には聞いた事もないお経のような
小難しい代物なのだろう。

存在をアピールするように、少し乱暴に向かいの席に
腰掛ける。

「云っておくけど遅れてませんよ」
「ああ、知っている。丁度だね。君にしては
珍しい。コンスタントに10分遅れるからね、君は。
だから、もう7分ほどしたら紅茶でも頼もうかと
思っていた」

そういう彼の前には既に半分ほど水位を減らした
コーヒーがおいてあった。いつも、彼はコーヒーで
私は紅茶だ。暑い時も寒い時も。

憎らしい事に、彼は本から顔も上げない。

「計算通りにいかなくてすいませんね」
「いや、君にも時間を守る、という半ば壊れているだろうと
あきらめていた機能がきちんと作動する事があるんだ、
という事は新鮮な驚きだよ。今後はその要素も加味しよう」

・・・して、どうするつもりなんだ。

少し腹が立ったので、気持ち大声でマスタに紅茶を
注文する。この店はコーヒーが主力なので、紅茶は
自動的にダージリンになる。

「で、ちゃんと見たの?」
「ああ、見たよ」

ようやく埋めるようにして読んでいた本から
顔を上げ、私を見た。

「今返そうか?」
「後ででいいよ。帰る時で」

だろうね、というように彼は軽く笑った。そういう処も
小憎たらしい。

発端は、些細な事だった。いつも本を手放さない彼だが、
小説、ことに恋愛物を読んだ事がないという話を聞き、
「では、試してみなさい」という訳で、何か作品を貸す事に
したのだ。処が困った事に私も小説をほとんど読まない。
ましてや、この男に読ませるのだ。たまに読む
字の大きな私でも二時間あれば読み終わるような本など
読ませてもその場で5分も掛からず読破して、その上
「ふん」と鼻で笑うだろう。そういう男だ。

なので、ヴィデオを貸す事とした。昔、10年以上も前の
作品だが、何故か心に強く残っている。信州富士見高原が
発端の舞台となっていて、今でもそこを訪れる人は絶えないくらい
根強い人気もあるのだ。テーマは「本当の愛、そして幸せとは何か」
らしいから、今回の御題にもピッタリだ。
おまけに想像もしないような展開もするので、このひねくれ男も
驚かせる事が出来るだろう。

まだ、焦らせる為に前半3話しか渡していないのだ。
続きが気になって仕方ないに違いない。

「で、3話まで見た感想は?」

丁寧に淹れられた紅茶が
私の前にそっと置かれるのを待って、
勢いよく私は切り出した。

「ああ、豊川悦司、だっけ?彼の女性への必死の努力が面白かったな」
「へ?必死の努力?純朴な好青年役じゃない」
「ああ、うん。そうだね。でも、その純朴で実直、遊び方も
知らない男が見せるぎこちない必死のアプローチがいいんじゃない?」
「・・・そんなシーンないと思うんだけど?本当に見たの?」
「見たよ。えーっと、第3話の夏祭りのシーン」
「ああ、お神楽見ながら偶然触れた手を思わず夏川結衣が
握りしめちゃう奴!あの偶然の接触で二人の秘めていた思いが形として
意識されるんじゃない。名シーン!」

「偶然なんかじゃないよ」

当然のように、彼は云った。
厭な予感が、した。

「何が分かるってのよ」

私は挑むように云う。訳知り顔でいい加減な事を云う彼の
誤りを指摘してやらなければならない。

「まず、豊川悦司と夏川結衣の身長差だ。
彼はかなり大きいようだね。180cmは超えているだろう。
夏川結衣もかなり背が高いんだろうが、170cmはいかない筈。
彼女は浴衣を着ているんで、履物は草履か下駄だね。
それほどの高さはない。
豊川がどれだけくたびれた靴を履いていても、身長差は大して埋まらない筈だ。
当然、手の位置は大幅に異なる。その二人が並んで一方向を
見ているのであれば、『偶然』手が触れるようにするには
どちらかの努力が必要になる。この場合の契機は豊川側に
ある。夏川側は手を持ち上げなければ、豊川の手には
届かないのだが、そのような動きは見て取れなかった。
だから、彼が彼女の手に自分の手があたかも偶然触れたかの
ように装いたいから、左肩を下げて立っていたんだよ。
これは涙ぐましいね。純情だ。でも、同じくらいの熱量で
必死だね」

相変わらず当然の事を当然のように語る彼に腹が立つので、
反論を試みる。

「分からないじゃない。ひょっとしたら足下が悪くて
段差があったりした処に立っていたかもしれないじゃない?
たまたまトヨエツのいた処が斜めになっていたとか」
「お神楽を演っていたのは神社の境内だろ?そんな段差がある
とは考えられないね。また、斜めの地形に立っていたって
身体はまっすぐに立とうとバランスを取るから、手の位置は
普通変わらないよ」

む、と詰まる。

「そんな見方しているの貴方だけよ。じゃあ、つまんなかったの?」
「いや、面白いよ。興味深い。結末は分かるんだけど、
どうしてそういう結論に達するのかは気になるし。流石にそこまでは
推測するデータはないからね」
「え?結末知ってるの?ひょっとして、見た事あった?」
「いや、無いよ。初見だって云ったじゃない」
「ラスト、誰かから聞いたの?」
「いや、このドラマの存在も君から初めて知ったしね」
「・・・ひょっとして・・・どっかで結末調べたの?
ネットかなんかで?」
「なんだってそんな馬鹿な事しなきゃいけないんだい?
これから見ようって物語の結末だけ知ってどうするんだ。
大体、あらすじや結末だけ知って読んだ気になるような
本の売り方とか、最低だね。内容をきちんと知りたければ、
ちゃんと最初から最後まで読むしかないんだよ。どんな本でもね。
それを手抜きしてあらすじだけ抜粋したような本を読んで、
名作や古典を読んだ気になるような愚か者は」
「はい、分かった。ストップ。貴方がそういう人じゃないってのは
よく分かったし、知ってる。じゃあ、何が分かったの?
じゃあ、このお話は最後どうなるの?」

彼が見切ったというラストを話させてみる事にした。
見当違いな事を云ったら大笑いしてやるんだから。

「え?最後は夏川の娘と結ばれるんだろ?」

・・・あっけに取られた。なんで、あの私が
初めて見た時には驚倒した展開からラストまで、
いきなり三話しかみてないコイツがどうして辿り着くんだ!

「なんで、そう思うのよ?」
「なんでも何も。オープニングで主題歌が
流れるだろう?もう、そこに全部出ているじゃない。
読み解く必要もないよ。これで、そういう結末じゃなければ
違う意味で作った奴は馬鹿だ」

ぐっ、と詰まる。いつも良い曲だとは思っていたけれど
流してしか見ていなかった事を思い出した。

「ま、豊川は何か牢のような場所に繋がれていて、
ご丁寧に鎖まで巻いてある。これは、きっと自責の念の
比喩なんだろうね。心象表現だ。それを娘が持っている鍵で開ける訳だ。
分かりやすい作りだよ。恐らく、その自責の念は
夏川の某かと関係しているんだろう。意図的か事故かで
殺してしまったか、または自殺を止められなかったか。
病気で死んで自責の念に苛まれるってのは考えにくいし。
彼は鉄道員であって、医者ではないからね。
流石に三話まで見た処だと、豊川と夏川が好意を持ち合う
みたいだし、それをほっぽり出して娘と結ばれる、なんて
インモラル過ぎる話にはしないだろう。で、体よく母親を
退場させるには殺してしまうのが一番都合がいい。
それに豊川は責任を感じるんだろ?どのルートを
辿るのかは興味があるよ」

相変わらず、淡々とした口調。彼の目の前にある飲み物が
コーヒーで、私の前にあるのが紅茶だ、と説明するような。

正解だ。

正しい。
全く、御説の通りだ。

だがしかし。

「・・・もう、続きなんて絶対貸さない。貸してやんないんだから」
「え?何で?興味があるんだから、途中で放り出されるような事を
されても」
「何ででも、よ!もう、見る必要なんかないじゃない!」
「いや、だから云ったろ?きちんと最初から最後まで全部
鑑賞しないと見た事にはならないって。そもそも・・・」
「もういい!帰るから!!」

いつも決まった金額を払っているので、きっちりと知り尽くした
紅茶代をテーブルの上に置き、私は店を飛び出た。
きっと、彼はまた肩をすくめているだろう。
いつも、大体こうなるのだ。

だが、また次か、その次の日にでもこの喫茶店で
顔を合わせる事になるのだ。

何故かは分からない。

怒って置いてきてしまったヴィデオも引き取らなければ
ならないし、その続きも彼に押し付けねばならない、からだ。

なんだってこんな事を続けているんだか、自分でも
分からないのだが。

だが、そんな事は間違っても彼には云ってはいけない。
云うつもりもない。

どうせ、いつものように淡々と、知っている事を当然のように
丁寧に解説してくれる事だろうから。

そんなの、切ないではないか。


<参考>globe 『Wanderin`Destiny』


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