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2009年05月28日18:28

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彼女の、想い出

ファンショック“世界最長”アレは…栗本薫さん死去
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=849630&media_id=43

予想外な程(予想はしてた、って事だ)、栗本薫の死は
心に深いショックを与えた。

膵臓がん、という事も聴いていたし、
先日見た最新の写真は別人かと思うほどの
痩せよう、やつれ様だった。

どう考えても、長くは無い。

そんな事を、思った。

だが、それでもこのショックだ。

如何に自分に影響力のあった人か、
まざまざと知らしめられた。

昨日はずっと酒を呑みながら、2ちゃんの
追悼スレを追いかけていたが、
温帯だのトマトだのホヒィだの
500円読者だのお前の味だのと
懐かしいフレーズを次々見た。
皆、アンチになりつつも、彼女に
受けた感受性の高い時期の影響を
認めつつ、偲んでいた。

ひどく、不思議な穏やかさで。

そんな徒然を眺めやっていると
やはり、昔の事が思い出される。

中学三年の時だ。

その日、学校から帰った後、次の日に
運動記録会なるイヴェントがあって、
ジャージを持ち帰っておかねばならない事を
思い出した。

そろそろ夕暮れであり、
陽の沈んだ後の学校に立ち寄る事は
怖がりには考えたくない事態だったので、
急いで自転車で学校へ向かった。

まもなく、無事にジャージを
回収し終えた少年は、帰路にある
本屋に立ち寄る事とした。

欲しかった本があったのだ。

グイン・サーガ第26巻『白虹』だ。

それまで刊行されていたシリーズは全て
古本屋で購入出来ていたが、
その26巻だけはどうしても見つからず、
結局待ちきれなかったので定価購入を
決意した、という訳だ。

当時、1500円の小遣いしか貰っていなかった
少年にとって、手痛い出費である事は
間違いないが、それくらい大事な
存在だったのだ。

その頃、終始俯いて生きていた少年は、
いつものように足元を見つめながら
物も言わずにレジに本を差し出した。

ポケットにそのまま突っ込んでいた
500円玉を出そうとした、その時。

隣から声が掛かった。

「あ〜、グインだ」

少年は、驚いた。

彼以外でこの本の事を知っている存在が
いる、なんて思いもしなかったからだ。

当時既にベストセラーだったので、
そんな筈はないのだが、何分中学生の
生きる世界は狭く、グイン・サーガすらも
『マニアックな本』だったのだ。

俯いている事も出来ず、少年は
顔を上げた。

すると、彼の通う中学校の制服を着た
女の子が立っていた。

見覚えは、あった。
どうやらクラスの同級生らしい。

本屋でバイトをしているお姉さんと
顔見知りのようで、立ち話をしていたようだ。

少年は何か返答しようと思ったが、
あ・・・とか、う・・・とか言葉にならなかった。

女の子と話すなんて、少年の乏しい人生経験には
全く縁遠い事であり、ましてや自分の趣味として
愛した世界の事を知っている存在がある、なんて
事は想像の埒外だったから。

すると、レジで手早く会計処理を済ませた
お姉さんが彼女に声を掛けた。知り合い?と。

少女の返答は、またしても少年を驚倒させる。

「同級生で、○○君。休み時間に星新一とか
筒井康隆とかよく読んでる人」

自分の事を知っている!!
しかも何を読んでいるか、まで。

彼女も本好きで、よく読んでいる姿は見かけたが、
何を読んでいるかまでは注意を少年は払っていなかったのに。

今にして思うと、本好きが人の読んでいる本が
気になる程度の事で、何も珍しいことなのではないのだが、
少年には青天の霹靂もいい所だった。

だが、やはり口をついて出るのはあ・・・とか、う・・・とか
のみだったが。

「グイン読んでいるんだったら、『レダ』とか知っている?」

少女に問われて、少年は慌てて頷く。

「持ってない?」

更に、問われる。

『レダ』は栗本薫作品でも評価の高いSFで、大作であるため
ハードカヴァで高価だったのだが、その頃、文庫で三分冊されて
発売されていたのだ。

「・・・持ってる、けど・・・」

ようやく、少年は日本語と判別出来る事を喋る事が出来た。

「貸して貰っても、いい?」
「いいけど・・・俺まだ読んでないから、読み終わったら、貸すよ」

少女はこの返答を聞くとにっこりと笑い、ありがとう、と言った。

少年はもごもごと挨拶らしい言葉を口にしつつ、
本を受け取り、逃げるようにその場を立ち去った。

もう、彼の許容量をオーヴァするような会話量であり、
内容だったのだ。

そして、この時、少年は嘘をひとつ吐いていた。

彼は当時欲しくは思っていたが、『レダ』を持っていなかったのだ。
彼はそれから慌ててその嘘を本当にすべく、
本屋を駆け回り、入手して、フルスピードでその作品を
読む事になる。

彼の次に、その本を読む事を待っている人がいるのだから。

それから、彼と彼女は栗本薫、菊池秀行、田中芳樹、夢枕獏、
新井素子、大原まり子、神林長平などの当時の中高生御用達の
作家の作品を貸し借りしあい、それなりに長い付き合いと
なっていく。

だが、それはまた別のお話し。

栗本薫、という人の事を思うと決まって思い出すのは
この日の事だ。

これは『ふたり』の彼女の想い出である。

その日から途轍もなく長い時間が過ぎたが、
今も色褪せず、思い出す。
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