mixiユーザー(id:8306745)

2009年05月06日19:08

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完璧なる本格ミステリ

よしながふみ『本当に、やさしい』読了。

同タイトルの短編集なのだが、
そのタイトル作となっている作品が、凄い。

どうやってもネタバレになってしまうので、
それを如何に迂回してこの感想を書くかに
呻吟してしまうが、どうしても書きたい。

なので、珍しくあらすじなど引用してみる。

『衝動で同棲相手を殺してしまった悟が出会ったのは、
自分のことを`ゆう’と名のる不思議な青年だった。
はじめは身体の関係を強要した悟だったが、
`ゆう’の純粋な行為に胸の痛みを覚えるようになる。
だが------。』

以上。

これを書いた担当は相当に書くのを苦労したであろう
痕が伺える。

この掌編(50ページ少々)を読んだ時の衝撃を
きちんと『正しく』与える為に、あえて真ではない
記述もし、物語のポイントもずらしてある。

きちんと考えた上での事であるならば、相当に
頭のいい人間の手による物であろうと思う。

話が逸れた。

この作品はボーイズラヴであり、暗く、重い。
だが、その暗さ、重さはいきなりそれを分かる物ではない。

最後のページ、最後の登場人物の絞り出すような
独白を読み終えた時、全ての言葉、全ての行動、
全ての設定が重苦しい狂気を湛えていた事を知らしめる。

序盤に発生するトラブルと、その後の混乱と
邂逅が、美しい出会いの物語に発展する・・・
『よくある』物語だ。

その凡百の物語を踏襲するかに見せて、よしながふみは
天才的な手腕でごろりと世界をひっくり返す。

その痛ましく苦しいラストのページから逆向きに
読み返し、そして再度頭から読み返した。

そして、改めて全ての台詞が完璧に配置されている事を
知った。
それは、ラストで訳知りに語る大学教授の『遠い』言葉すらも
含めて、だ。

探偵はおらず、謎は真の意味では解明はされない。
だが、この作品はまさに一級品の本格ミステリだ。

手掛かり、伏線の提示があり、一気に世界が変貌する。
そして、それに立ち会う事となってしまった者が、
既に一度の『世界の崩壊』を知ってしまい、自身の崩壊に
気付けない男であるという残酷な設定が、
息を失わせる程に見事だ。

この物語は残酷であり、重苦しく、そして、その作家の
持てる技術を惜しみなく注いでこの世にあるという点で、
とてつもなく美しい。

『こわれもの』とは正にこのような作品のことを
云うのだろう。

最小限の枚数で、ぎりぎりに引き絞られた言葉で作られる
完璧な本格ミステリ。

本格ミステリ、というジャンルはまず『美しく』なければ
ならないのだ。

そんな事を思う。
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