私が「意識レベル200以上を示す『善意』とは、共栄共存と悟り以外に、あなたは目を向ける必要などない」というと、時々「それでは実も蓋もない」と言われるものです。
人の意識は、とても複雑です。その『善意』の背後には、あなたの天国へゆきたいという欲望や、スピリチュアルの真実の情報に精通していることから生まれるスピリチュアル・エゴのプライドも含まれているかもしれません。
その欲望とプライドは、明らかに200未満・・・。
いやはや、どうすればいいのでしょうね。
ホーキンズ博士は、「あなたは、意識レベルの上げるために、エゴの属性を存分に利用しましょう」と述べています。
エゴの習性として、あくなき『手に入れる』ことへの執着は、誰も克服することは出来ません。
あなたは、何も着るものがなくても大丈夫でしょうか?
あなたは、食べずに生きてゆけるでしょうか?
あなたは、安心して寝る場所がなくても大丈夫でしょうか?
そういう訳で、人の衣食住への欲求は、あなたが生きている間は、決してなくなりません。
ゆえに、あなたは『善意』を求める際に、あなた自身ネガティブと思われるエゴの習性を用いることを、決して躊躇してはいけない訳です。
その否定は、例えば生き物を殺してはいけないから、空中の微生物を殺さないよう息さえひそめねばならないと言い出し、野菜以外食べないと言い出し、あるいは、お酒を飲んではだめとか、何か禁足事項を設けて、いろいろ聖人ぶって言い出すわけです。
しかし、それらの発想も、すべて200未満で計測されます。
あなたは、そのような例を取り上げるまでもなく、すべての人の意識には、常に200未満と200以上の混合状態であることに気づかねばなりません。
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