ここ10年来の「号泣」(という誤表現)については生理的な気持ち悪さから、何度も色々な場面で指摘してきたが、一方でさすがに目と耳が慣れてしまってきて、脳内で「これは(も)、本当は号泣じゃなくて、涙出してるだけ」と変換解釈することで、コミュニケ―ション、情報取得については実質的な被害が無くなってきていた。面倒だからスルーすることが増えた。
しかし、これは違う。
> 松本に対する申し訳ない気持ちから、号泣していた。
今回のこのケースは、いつもの「どうせいつもの嘘(間違い)だろう」と決めつけられない。このケースでは、宮迫が実際に「号泣(ワンワン、オイオイと、野々村議員のように泣く)」した可能性が少なからずあるからで、そしてこの場面で宮迫が本当に「号泣」したのか「涙を浮かべた」「声を詰まらせた」だけなのかは、情報の内容を大きく左右する。
私が当初この誤用に真剣に噛みついていたのは、うっかり「号泣」報道を本気にして驚いていたら(映像で確認したら)全然「号泣」なんてしてないじゃん! という誤った理解、情報取得をさせられてしまったからだ。
今回はどうなんだ? どっちの「号泣」だ? ホントの? ウソの?
これが、「号泣」に限らず、「大袈裟」まではギリギリ許すとしても「誤った」言葉づかいの罪が重い理由だ。そのうち映像で確認しないと。
社長とパイプ持つ松本人志、後輩救済へ「動きます」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=5714645
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