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2019年02月09日16:37

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ヴェルディ「レクイエム」(ムーティ&CSO)

【プログラム】

ヴェルディ:レクイエム

ソプラノ: ヴィットリア・イェオ
メゾ・ソプラノ: ダニエラ・バルチェッローナ
テノール: フランチェスコ・メーリ
バス: ディミトリ・ベロセスキー
合唱: 東京オペラシンガース
管弦楽: シカゴ交響楽団
指揮: リッカルド・ムーティ

2019年2月3日(土)14:00開演,東京文化会館


その昔,クラッシック音楽の師匠筋にあたる友人から,ショルティ&シカゴ交響楽団(CSO)の演奏会がどれほど素晴らしかったか繰り返し聞かされた。その師匠にすっかり洗脳されてしまい,このコンビによる演奏はベルリン・フィルやウィーン・フィルの演奏をも凌駕すると信じ込んでいた。彼らの録音を聴いてそれほど感激しなくても,ステージと録音は別物だと自分に言い聞かせた。その後,バレンボイム&CSOのコンサートを聴いても,天と地が逆転するほどの衝撃を受けることはなかった。そのときも,もし,ショルティがタクトを振っていたなら,全く違った演奏だったのではないかと疑っていた。今回,ムーティ&CSOの演奏を聴いても,「もし,ショルティが・・・」という気持ちが無かった訳ではない。師匠が聴いた演奏会がどのようなものだったか確かめる術はないが,たぶんに神格化していた嫌いがなくもない。もちろん,ショルティ時代のCSOに比べると,水準が低下した可能性もある。CSOのポテンシャルを100%引き出せるマエストロが不在なのかもしれない。他方,師匠が聴いたコンサートの評価が客観的だったかどうか疑ってみる必要もあるだろう。CSOの録音や公演を聴いて冷静に考える限り,手放しの絶賛や賞賛からは少し距離を置きたくもなる。

とはいえ,ムーティ&CSOによるヴェルディの「レクイエム」は,中途半端な演奏ではなかったことも事実。あれだけ力任せの演奏をしても,乱れが一切ないというのは驚異的だ。ムーティがハンマーを床に打ち付けるような指揮をしても,それにキッチリとついて行き,しかも一糸乱れぬ整然とした演奏を続けられるアンサンブルには目を見張る。その上,ピアニッシモで叙情的な旋律を奏でる箇所では,まるで室内楽のようなこの上ない極上のアンサンブルを披露してくれる。明と暗,静けさと激しさのコントラストがドラマチック。また,ヴェルディがスコアに記したイタリアのメロディをイタリア人のムーティが浮き立たせようとする要求にも的確に応える。

ただし,オーケストラの機能面に関しては非常に優れているとはいえ,心に訴えてくる何かが不足していると感じたのも事実。心の表面を撫でてゆくだけで,気持ちを鷲掴みにして揺さぶるようなところに乏しい。聴く者の気持ちを煽る側面が弱い。その点,同じムーティが指揮をしても,スカラ座のオケは扇情的な演奏に長けている。CSOはシンフォニー・オーケストラらしくテクニックはズバ抜けているものの,扇動的な演奏に対して常に抑制的なスタンスを維持している。これには,イタリア人の情熱とアメリカのインテリの理知的な一面とのコントラストが反映した結果でもあるのだろう。そのように考えれば,これままでに聴いたCSOの録音や公演のすべてに納得のゆく説明がつく。

こうしたCSOの要素が作用したためだろうか,とにかくヴェルディの「レクイエム」の骨組みを明らかにする演奏だった。意外なことに,ヴェルディのこの作品はバロック的な要素が強いことを明るみに出してくれた。古典派の交響曲のような一貫したロジックとは対照的に,寄木細工のようなところがある作品で,それぞれの曲が明と暗の強いコントラストを作っている。ミサ曲の通常文などをテキストにしているのだから当然であるが。さらに,オペラの一節を引用したかのような叙情的で美しい旋律が随所に顔を出す。力強く威圧的な音楽と美しいオペラの旋律のような箇所とのコントラストもこの作品の特徴だろう。まるで,旧約聖書の気まぐれで権威主義的な神がオペラ劇場のステージに登場したとでも形容したくなる音楽である。モーツァルトやフォーレの「レクイエム」のように魂が浄化されるような音楽とは,一線を画する音楽だ。最後の審判の物語を持ち出して,信者に善行を強いる類の音楽である。この演奏を聴いて,宗教改革後にヨーロッパで吹き荒れた異端審問を思い起こした。

4人のソリストは自己主張を控え気味にして,自分の仕事をテキパキとこなしていたという印象である。その中で,ソプラノのウィットリア・イェオは,曲の終盤でスタミナを切らすことなく一人で歌い切ったのは大健闘。彼女の名前は記憶にとどめておくのが賢明だろう。東京オペラシンガースも迫力満点の合唱で,CSOの演奏に十分拮抗していた。

マエストロは少し大人しくなったような印象だ。心臓に悪影響を及ぼしかねないほどのかつての速いテンポは抑えて,やや遅めのテンポでじっくりと細部を描く。その分,叙情的な旋律が美しく表現される。と言っても,力強く明晰な演奏への志向は以前と変わらない。

ずいぶん以前に師匠から植えつけられたCSOのイメージを払拭して,自分の耳でCSOの演奏を聴く一歩を踏み出した演奏会になったような気がする。おそらく,師匠の話を聴いて,ありもしない幻を捏造していたんだろう。
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