わたしはここ2・3日、母に振り回されて疲れていたが、
それが「介護疲れ」かと言うと微妙だし、「長期間」では決してない。
また、2行目に至っては全く事実と違うので書けませんとハッキリ言い切ったら、
「今までも暴力をふるったことがあると言ったのは自分だろう」
と言われた。まあ確かに過去に叩いたことがあるとは言ったけれどね。
言い争いの末、肩とか手の甲とか軽くどつくのって「暴力」というほどのことなのかしら?
わたしがもし気が弱ければその通りに書いてしまったかも知れないが、
無駄に気が強いわたしは事実に反することは絶対に書けないと言い張った。
すると後から我が家にやって来てやりとりを聞いていた所轄警察の生活課長が、
「最初の一文だけ書けば良いんじゃない?」
と割って入ってくれた。
結局、課長のアドバイスで思った通りに書かせていただき、
今日靴べらで叩いたことと、過去に親子喧嘩で軽く叩いたことはあるという
2点のみを認めた反省文を書いて無罪放免された時には既にお昼の11時半を回っていた。
肝心の母はどうなったかというと、
警察の後に救急車が来て救急車の中まで入れて貰えたまでは良かったが、
なんと今度も引受先がなくて再度2階の自室に戻されたという。
(わたしは1階の居間で警官の質問に応えていたので詳細は不明だが、
警官からそう伝え聞いた)
いくら何でも酷くないか? 明らかに怪我をしているのだから病院で治療して欲しいのに。
そこで、わたしは前述の反省文を書く時、
敢えて「介護疲れ」は否定しないでそのまま書くことにした。
そうすれば、少しは気の毒に思われどこかで見て貰えるのではと思ったので。
案の定、件の生活課長が自治体の福祉課の高齢者支援室に連絡し、
母はストレッチャー付きの介護タクシーで自宅を後にした。
それが、わたしが母の姿を見た最後だった。
なにしろ、母は「虐待の被害者」として高齢者支援室に保護され、
わたしは「虐待の加害者」として絶対に母の居場所を教えて貰えなくなったので。
しかし、わたしは別にそれをそんなに重大なこととは考えていなかった。
今は腰の痛みのために冷静な判断力がすっ飛んでしまっているけれど、
母が普通の状態に戻ったら、
「介護疲れによる虐待」などないと笑い飛ばしてくれるに決まっているから。
ここまでの顛末を聞いて唖然としていた周囲の友人たちも、
「たいら母なら、正気に返ったら3日で戻って来そうだね」
と言っていた。すると本当に2日後の15日(火)高齢者支援室の担当者から電話が入り、
母は明日T病院に移動して検査の結果次第では入院になるので、
入院に必要な物や、移動に必要なタクシー代を持ってきてもらうことになると言う。
あっ、やっぱり3日で帰ってきそうだわ。わたしは苦笑してしまった。
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