以下に名前を挙げる人たち、いずれも特別に好き、というほどの思い入れは無いけれど、自分が子どもの頃からテレビに出ていて、いつでも当たり前に「そこにいる」人たちだった。
そういう人達が次々に亡くなっていくのは、とても寂しい。
永六輔が亡くなったときに思った。
彼の盟友とも言うべき、小沢昭一、野坂昭如、そしてだいぶ前だけど中村八大も亡くなり、昔から年寄りがよく口にしてきた「長生きはするもんじゃない」という言葉を思い浮かべ、自分もなんとなくそういう気分が少しだけわかるような気がしてきていた。
長く生きれば、新しい出会いもあり、新しい知り合いや友人も増える。でも、「旧くからの友達」は補給が効かない。完全に引き算である。
そういうことが、年齢を経てだんだんと、実感としてわかるような気がしてくる。
私が小学生の頃、祖母が亡くなったときに米寿を迎えていた曾祖母(祖母の母)が、「この子は本当に親不孝だよ」「長生きはするもんじゃない」と枕頭を離れなかったのがとても印象的だった。
当時、「死んだ人を非難する」こと、そして「死にたくて死んだわけではないのに」それを詰ることに小学生としては違和感があり、そしてその「長生きはするもんじゃない」という(小学生にとっては)インパクトのある表現がずっと映像として頭に残ってきた。
年齢を重ねるに連れ、だんだんとその意味や心情が、理解できるような気がしてきた。
永六輔死去で、またひとり。まさに「巨星墜つ」という表現が、自分にとってしっくり来る最後の人かな、と思い、そして「他にあと、誰がいるのだろう」と、必ずしも巨星という意味ではなくても「あの時代からの人たち」に思いを巡らせたら、大橋巨泉と黒柳徹子くらいだなあ、と思ったところだった。
そしたら不幸な予感の的中で、「巨泉墜つ」だ。
いや、別にそんなダジャレが言いたくて日記を書いたわけじゃないけど。
森繁久彌、南伸介、前田武彦、三船敏郎、京塚昌子、山岡久乃、裕次郎、美空ひばり…。
誰をかも 知る人にせむ 高砂の
松も昔の 友ならなくに
本当に、もう他に「子どもの頃からずっと当たり前にテレビに出ていた人達」、つまり「私が、その人のデビューとか、テレビに登場してきたシーンを知らない人達」の生き残りが、思い当たらない。
あっ、森光子さんがいた! 加山雄三もだ。おっと、若大将と来れば青大将の田中邦衛もだ。
皆さん、元気で頑張ってください。
大橋巨泉さんが死去 12日、急性呼吸不全 82歳
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=4101652
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