皆さんが日記に書いているとおり、勿論被害者が気の毒だし、冤罪の根源的原因でもあるから。
でもそれはそれとして、「そんなの許されるなら、オレだってしたいよ! オレだって我慢してんだよ」という意味での「敵」だと思うってのは無いの?
たとえば車列や電車乗車の「割り込み」する奴とか広くは盗み一般だって、「本当なら、それで罰せられない、絶対に見つからないなら」、対価無しに欲しいものを手に入れられれば、そりゃ勿論楽だ。「それなら、オレだってしたいよ」と。
しかしそれを社会として許してしまったら、まさに無秩序、弱肉強食の世界でタイヘンなことになる。だから共通の約束として「そういうの、やめようね」と決めて、みんなが「我慢して」それを守っているのであって、だからこそ「自分も我慢して守っている」その約束に違反することに反感があるのではないか。
少なくとも僕は、「電車に乗っている可愛い子のオッパイは触り放題」というルールもしくは自分だけに与えられた特権があれば、そりゃ嬉しい。
でもそうじゃないから「我慢している」わけで、「おいおい、割り込むなよ!」と同じ種類の「怒り」というものもあるのである。
■「痴漢は俺の敵」缶バッジ登場 男性目線で痴漢にNO!を突きつける理由とは? 企画した男性に聞いた
(ウィズニュース - 02月24日 07:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=3866418
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