マザーテレサは、ある意味ではとても立派な人だと感じる。
自己のことは一切顧みないで、困った人のために全ての人生を捧げた行為は、凡人には真似できない。
だが、これって、別の意味では 「やや狂っている」 と感じる。
おそらくだが、彼女は、自己の欲求を抑えて仕事をしたのではなく、その仕事こそが彼女の欲求を満たすものだったのだろう。
多くの人が自分の個人的な 「欲」 は、簡単には捨てきれないもの。
それゆえ、彼女が捨ててしまった、と考えると、それは素晴らしいこと、なのだろう。
対極的に、自己の欲求ばかりに生きる人もいる。
それだけではどうかと感じるが、社会のために何もしないで、個人の欲望を満たすことしか考えないのは、そちらも狂っているとしか思えないが、
こうした二つの 「極」 に挟まれた間に、ほとんどの人間が生きているのだろう。
ある意味、悪い側の「極」にいる人たちと、マザーテレサは、同じ分類、なのかもしれない。
けれど、たまたま、自己の欲求に欠けた側の人間は、社会の中で立派だと言われるようになる。
さてさて、この考え方は、ただしのか間違っているのか。
人間が増えた結果、社会を安定させるため、一定の確率で「狂っている人」が生まれて、バランスを取っていくのかもしれない。
どの染色体の、どの遺伝情報が、こうした人間の欲を司っているのか、わかると面白いよね。
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マザー・テレサ、来年9月に聖人に=カトリック系日刊紙
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=52&from=diary&id=3766901
[バチカン市 17日 ロイター] - インドのコルカタで貧困者救済に生涯を捧げたマザー・テレサが、来年9月にカトリックの聖人に加わることが決まったもよう。17日付のカトリック系日刊紙アッベニーレがウェブサイト上で伝えた。
17日にローマ法王フランシスコが、列聖に必要な条件である2つ目の奇跡を認める教令に署名したという。
同紙によると、2つ目の軌跡は、不治の脳疾患患者の家族がマザーに祈ったところ、マザーによる神へのとりなしで治癒したというもので、医師らは治癒の経緯を説明できなかったとされる。
バチカンの広報担当者は報道について情報がないとしている。 マザー・テレサは1910年にマケドニアで生まれ、コルカタの路上で貧困者救済に尽力、1979年にノーベル平和賞を受賞した。1997年に83歳で死去。
2003年に当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世が、聖人の1つ下の位に当たる福者に認定していた。
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